10年ほど前のGoogle翻訳はほんとひどい出来で、天下のGoogleともあろうものがこの程度の翻訳精度で恥ずかしくないのかと思っていたが、最近のGoogle翻訳は精度向上して実用レベルに達してきた。英語のライティングも入力する日本語を工夫したらかなり良くできた英文が出力されるようになってる。
こういう時代にわざわざ苦労して英語勉強する意味あるのかっていう疑問が湧いてくるよね。
個人的に使った範囲ではニュースサイトとかの翻訳ではかなり使えるというか、すでに日常的に使ってる。もちろん辞書使えば自分で翻訳して読めるんだがそこまでして読みたいとは思わないんだよ。辞書で調べるの面倒だし。結局英語も日本語レベルで使えるようにならないと使おうと思わないよね。英語の勉強のためという理由付けでもしないと翻訳ソフトに頼ってしまう。
一方私が毎日使ってるツイッターではまだ全然駄目だね。ニュースサイトとかで使われてる文法規則に忠実なきちんとした英文なら高い精度で訳してくれるけど、ツイッターでネイティブが日常的に書いてる会話文だと、主語省略は当たり前だし、とにかく適当に書き殴ってる英文が多いのでGoogle翻訳かけても意味取れないこと多いね。しかもツイッターアプリだと1ツイート毎に翻訳しないといけないので、いちいち翻訳するの面倒で使ってられない。
それにネイティブが日常的に書いてる会話文は使われてる単語が限られてるので辞書あんまり使わないでも十分読めるしね。日本語でもニュースサイトとかで使われてる日本語は難しい単語多いけど、会話では簡単な単語の組み合わせで話してること多い。それと一緒。
またこれは個人的に思うことだがツイッターなどに書かれてる会話文を翻訳ソフトにかけて読んでもあまり面白くないというか、翻訳ソフトを通すと書き手の感情を消し去ってしまう感じがする。ニュースサイトとかならただ事実を伝えるだけだから別に気にならないんだが、会話文を翻訳ソフトにかけると相手の気持ちが伝わってこないので読んでても面白くないんだよ。この辺はいくら翻訳ソフト進化しても書き手の感情まで翻訳するのは難しいと思う。
この事を分かりやすくするために日本語の会話文を英語に翻訳する場合を考えてみると、
例えば
「拙者は今日学校に行ってきたでござる」
という文章を日本人がツイートしたとする。
これをGoogle翻訳にかけたら
"I went to school today."
この英文が出力された。
この英訳は完璧だよ。
これ以上の翻訳は英語である以上出来ない。
でもこの英文は
「拙者」「ござる」
という日本語に含まれてたニュアンスがきれいさっぱり消え去ってしまってるんだよ。この文章を書いた日本人は「拙者」とか「ござる」という言葉をわざわざ使った意図があるはずなんだ。そういう書き手の意図は当然Google翻訳側は読み取れずに、「今日学校に行ってきた」という日本語と同じ英文を出力せざるを得ないんだよ。
でも日本人なら
「拙者は今日学校に行ってきたでござる」
と
「今日学校に行ってきた」
という2つの日本文の違いを感じ取れるよね。
日本語を長年勉強してる外国人もこの違いを感じ取れる人もいると思う。でもGoogle翻訳にかけたらこの2つの文章は同じものとして扱われてしまうんだよ。
私がさっき会話文をGoogle翻訳にかけて読んでも面白くないといったのはこういう理由なんだ。
これが翻訳ソフトの限界だろう。今後いくら翻訳ソフトが進化しようとも、「拙者」や「ござる」の日本語の持つニュアンスを英語に翻訳することは英語である以上不可能だし、その逆も不可能。
そもそも翻訳ソフトにかけて抜け殻になった面白くないツイートを読もうと思わないよね。だったら普通に日本人のツイート読んでる方が面白いし。
結局翻訳ソフトがこれだけ進化しても英語でツイートして外国人と交流したいという日本人が一向に増えないのもこの点にあると思うんだよ。Google翻訳使えば多少ぎこちなくても外国人と十分話せるのにやろうとする人があまり出てこない。少なくとも日常的にGoogle翻訳使って話したいと思う人は多くないだろう。一方英語得意な日本人なら英語でツイッターして外国人と話してみたいと思うよね。
このようにコミュニケーションというのは感情のやり取りを多分に含むのであって、その感情を消し去ってしまう翻訳ソフトを使ってまで外国人と話したいとは思わない人が多いんだよ。ただ情報のやり取りするだけならGoogle翻訳は十分実用的だけど、会話というのはそれだけじゃないからね。