英語のライティング

英語の書き方についてのブログです

英語習得のためには英文法を学ばなければならない理由

 


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【第一章】

私達が日頃使ってる言語はある一定のルールに従って運用されている。道路には交通規則があってそれを多くの人が守ってるからこそスムーズに道路が流れるように、言語もそれを使ってる人がその言語のルールに従ってるからこそスムーズにコミュニケーションを取ることができる。その言語のルールをネイティブは成長する過程で自然と周りのいる大人から吸収し身につける。日本人なら周りにいる日本語を話す人々から日本語のルールを自然に吸収し身につける。

このように言語を使うにはその言語のルールを身につけることが必須条件であり、もし他国の言語のように成長する過程で自然に身につけることが出来なかったら後から意識的にそのルールを学ぶ必要がある。

 

例えば日本人は成長する過程で周りにいる日本人から日本語のルールを自然に吸収し身につけているが、英語のルールは身につけていない。周りに英語をしゃべる大人がいなかったのだから当然だろう。この場合、日本人が英語を使えるようになるには意識的に英語のルールを学ぶ必要がある。ある一定の年齢を超えた場合、自然にその言語を身に着けることは不可能であることは多くの人が経験的に知っている。

 

ではどうやってその言語(ここでは英語とする)のルールを学べば良いのかというと、まずは日本語で書かれた文法書か日本語で文法を教えることができる人から英文法(英語のルール)を学ぶ必要がある。日本人は英語が全く出来ないので最初は日本語を通して英文法を学ぶしかない。

だがここで注意してほしいのが、この日本語で学べる英語のルール(文法)は実際に英語圏で使われている英語のルールの一部に過ぎないということ。

一般的に英文法として本や学校で教えられているものは、英語圏で実際に日常的に使われている英語のルールの一部に過ぎず、実際の英語にはもっと膨大な量のルールが存在している。

 

よく言われる文法的には正しいが不自然な英文というのは、正確に言えば「文法書、または学校などで教えられている文法のルールだけで判断するならこの英文は正しい。しかし文法書にも載っておらず、また英語のルールとして言語化もされていないが、ネイティブの間では共通認識として共有されてる言葉の使い方(言葉のルール)に照らし合わせたら間違ってる」英文のことである。

つまり【文法書に記載されてる文法】は【ネイティブの間で共通認識として共有されてる言葉の使い方の一部を纏めただけ】であって、言語の要素全てを法則化したものではない。よって文法書のルールにしたがって英文書いても間違いだらけになるのは当然なのである。

 

 

zisakuzienita.hatenablog.com

 

ではどうやって英語ネイティブが身に着けている英語のルールを日本人が身につけたら良いのかというと、まず最初に日本語で書かれた文法書、または日本語で文法を教えることが出来る人から文法を学び身につける必要がある。上ですでに述べたようにこの文法は不完全で英語という言語のルールの全てを纏めたものではないが、最低限英語ネイティブとコミュニケーションを取れるだけの英語のルールは身につけることが出来る。

 

最低限の英語のルールを身に着けてネイティブの言っていることが理解出来るようになり、またこちらの意志を相手に伝える事が出来るようになったら、次は実際にネイティブと会話を繰り返すなどしてネイティブが身に着けている英語のルールを学び吸収する必要がある。またある英語のルールが理解できない場合、直接ネイティブに質問するなどして理解する必要がある。このレベルの英語のルールの多くは文法書には記載されておらず直接ネイティブに聞く以外に方法が無い。彼らしか質問に答えることが出来ないのである。ネイティブは成長する過程で英語のルールを自然に身に着けているので、教え方が上手い下手があるにせよそのルールを日常的に使いこなしている。よって彼らから多くの英語のルールを吸収し身につけることが出来る。もしこのようにネイティブから直接英語のルールを吸収し身に着けようとしないなら、その人が身に着ける事が出来る英語のルールは文法書に記載されてるレベルに留まり、不完全な英語のルールのままで英語を使い続けることになる。

 

 

zisakuzienita.hatenablog.com

 

このようにネイティブとの会話を繰り返すなどして自分が持ってる英語のルールを、質量ともにいかにネイティブレベルに近づけるかが英語を学ぶということである。この英語のルール、つまり文法を身に着けないと英語習得の道は絶たれてしまう。交通ルールを知らない人は交通規則を守れず事故が頻発するように、英語のルールを身に着けてない人はネイティブとスムーズなコミュニケーションが取れない。そして日本人はその英語のルールを自然に身に着ける事が出来ないので意識的に学ぶ必要があるのである。

 

 

 

 

 

 

 

【第二章】

 

この記事ではいかに初心者が英語学ぶ上で文法書で文法を習得することが重要かを語っていきたい。巷では英語習得するのに文法を学ぶ必要はないという私から見たら詐欺としか思えないようなことを語ってる人がいるよね。ネイティブは文法学ばないで英語出来るんだから日本人も文法学ぶ必要はないという、これまたネイティブと非ネイティブの区別さえ付いていない人が適当なこと言ってるよね。初心者が下手に影響されると英語習得が本当に「絶望的」になるので、そういう意見がいかに間違ってるかこの記事で説明していきたい。

 

 

日本人が英語を使えるようになるにはまず文法書で文法を学ぶことが必須で、これはどれだけ嫌でも我慢して勉強しなくてはならない。私はいつも英語は楽しく使うことが重要で使った結果上手くなると言っているが、「初期の文法習得期だけは別」でとにかく文法書の文法を一通り習得するまではどれだけ苦痛でも理解して身に着けないとその先に進めないんだよ。

 

じゃあ文法書で何を学ぶのかというと、一番重要なことは「英語の基本的な考え方」を理解して身につけるということ。

 

英語の基本的な考え方というのは関係代名詞で言えば、

 

This is the Nintendo Switch that I bought yesterday.

 

こういう英文見たとき、"the Nintendo Switch that"この時点で2つの予測が立つわけよ。

1:「このthatは関係代名詞のthatで"the Nintendo Switch"を説明する文が続くはず」

2:「that以下の文には必ず先行詞である"the Nintendo Switch"が収まる場所があるはず」

 

特に重要なのが2で、上の文で言えば

 

This is the Nintendo Switch that I bought ○ yesterday.

 

この○の部分に"the Nintendo Switch"が収まる場所があるので、その収まる場所を期待しながら読んでいくんだ。関係代名詞のthat以下の文というのは必ず先行詞が欠けた不完全な文になってるので、必ず先行詞が収まる場所がある。だからそれを探しながら読んでいくんだよ。

 

関係代名詞の場合、こういう欠けた場所を探すというのが一番重要で、こういう考え方を身につけるために文法書使って勉強するんだよ。こういうことを身に着けないとその先に進めないから。

 

そしてこういう考え方を身につけたら応用が効くんだよ。

 

例えば

 

What did you buy the chair for?

 

こういう文見たとき、初心者だとこの"for"が何なのか分からないと思うんだよね。でもこれも"for"の後に"what"が収まるんだよ。

 

つまり本来

You bought the chair for something.

という文で、somethingの部分を尋ねるために、somethingをwhatに変えて前に持ってきて疑問形にしただけなんだよ。だから取り残された"for"が文末にぽつんとあるんだ。こういう基本的な英文の作られ方を理解するのは非常に重要だからね。特にライティングでは。こういうこと理解してないとこの"for"を書き忘れて、

"What did you buy the chair?"

こういう英文書いてしまうから。

 

この英文だと"what"が収まる場所がどこにもないんだよ。

did you buy the chair?"

 

これで完全な文になってるからwhatが収まる場所がどこにもないからおかしいんだ。でも初心者はこの英文のおかしさに気づけないんだよ。基本的な英文の考え方が身についてないからこれでいいと思ってしまう。だからこの辺のことは学ばないといけないんだ。

 

 

 

私がこういった関係代名詞の考え方を一番最初に知ったのがビジュアル英文解釈だったと思う。この説明読んで腑に落ちたというか、英語の核心に触れた気がした。

 

ちょっと話逸れるけど、世間一般の伊藤和夫のイメージってトップレベルの生徒に対する先生という感じだけど、私の彼の評価は全く英語が出来ない偏差値で言えば偏差値30ぐらいの生徒を偏差値50にさせることが出来る先生という評価なんだよね。まあその評価の大半がビジュアル英文解釈なんだけど。彼は英語ができない人がなぜ出来ないのかよく分かってたし、そういう人に対する説明が抜群に上手かった。だから駄目と言ってるんじゃなくて、むしろそういう出来が悪い生徒に英語を分からせることこそ英語講師の力量が発揮されるんだよ。出来のいい生徒はほっといても出来るようになるから誰が教えても良いけど、出来の悪い生徒は本当に教え方が上手くなかったら理解させることが不可能だからね。私は他の記事で色々伊藤和夫批判をしてるけど、この点はほんと彼は偉大だったと今でも思ってるよ。

 

 

話戻るけど、上のような関係代名詞の文法説明を学ぶことなしに自力でこういった法則見つけ出せると思う? 伊藤和夫のように出来る人もいるかもしれないが、別に自力で見つけなくても文法書に載ってるんだからそれ読んだら良いと思わない? ゲームするならあえて攻略本読まないで苦しみながら遊ぶというのも分かるんだが、何で英語学習で文法書読まずに自ら苦しもうとするのか理解できないんだよね。文法書で文法学ぶの辛いと思ってるかもしれないが、文法学ばないで英語習得するのってもっと辛いからね。

あとついでにいっとっくけど、よく中学英語で英語は話せるとか言われてるけど中学英語でチャット出来るかと言われたら無理。ネイティブが使う英語は完全に中学英語の文法の範囲を超えてるので、例え中学英語の範囲で英語書けても読めないから会話できないよ。高校レベルの文法は必須。ネイティブが使う英語って単語レベルは基本的な単語を組み合わせて話すので一見簡単そうに見えるんだけど、結構複雑な文法使って書いてるので(もちろん彼らはそんなこと意識してないが)、文法知識は一通り身につけておく必要はあるよ。

 

 

 

 

 

 

文法学ばなくても英語使えるようになると言ってる人の多くは営業トークだと思うよ。文法学びたくない人を騙しやすいから。そういう甘い誘惑に騙されないことだね。そもそもそんなこと言ってる本人が本当に英文法を一切学んでない保証がどこにもない。自分は英文法を学んで英語出来るようになったのに、人には文法なんて必要ないですよーって言って騙してる可能性もあるからね。だからそんなこと言ってる人の英語力が本物だったとしても信用したら駄目なんだよ。もしくは騙すつもりは無くても本心から文法は必要ないと思ってて間違ったことを人に教えてる場合もある。ある程度英語力が付いてくると誰が本当のこと言ってて誰が間違ったことを言ってるのかすぐに見抜けるようになるが、初心者のときは分からないからどうしてもそういった甘い誘惑に引っかかりやすいんだよ。

 

とりあえず基本的な文法事項を習得しないとネイティブとコミュニケーション取れずにその先に進めない。別に最初は自分の書く英文がボロボロでもいいんだよ。それでも通じるから。でも文法書で文法習得しないとその「ボロボロの英文さえ書けない」んだよ。つまりネイティブと一切コミュニケーション取れないということ。これは言語習得に取って致命的な状況で、とにかくその状況を打破するために、文法書で文法習得してコミュニケーション取れる状況に持っていかないといけない。

 

文法学ぶ必要はないと言ってる人はどうやって英語書いてるんだろうね。まさか読むときは文法不要だけど、書くときは必要とか言わないよね? それか例文そのまま使って一部単語を変更するだけで英語書けるとか言わないよね?文法習得しないとまともな英文は絶対に書けないからね。私が書いてる英文なんかほんと文法知識の塊みたいなもんだよ。文法を習得しないと片言の英語が使えるようになるだけ。応用が効かないからね。こんなんだとまともにネイティブと会話できない。この時点で文法必要ない論は破綻してるんだよ。

 

 

 

 

 

 

 

【第三章】

○ネイティブが文法学ばなくても英語使える理由

なぜネイティブは文法学ばなくても英語使えるのかというと、彼らは「ネイティブの英語感覚」を成長する過程で周りの大人から「自然に」吸収し身に付けるからなんだよ。この「ネイティブの英語感覚」というのは「ネイティブの文法」とも言えるもので、文法書の文法より遥かに詳細な文法だと思ってていいよ。いわば感覚レベルに達した文法。こういう詳細な文法知識をネイティブは「自然に」身に付けるから、わざわざ文法書で文法の勉強する必要ないんだよ。ここがネイティブと非ネイティブの最大の違い。この「ネイティブの英語感覚」を成長する過程で習得しなかった非ネイティブは意識的に文法書を使って文法学ぶ必要あるんだよ。

 


つまり英文を読むには、

A:ネイティブの英語感覚(=「ネイティブの文法」)

B:文法書の文法理論

 


このどちらかが必要になるわけ。日本人は成長する過程でAの「ネイティブの英語感覚」を自然に身に着けなかったので、Bの文法書の文法理論を学ばないと英語読めるようにならないんだよ。

 

つまり

ネイティブの英文を読むときの武器→ネイティブの英語感覚

 

じゃあ日本人の英文読むときの武器は何?

ネイティブの英語感覚という武器は持ってないよね。

その武器が文法書の文法理論なんだよ

 

日本人の英文読むときの武器→文法書の文法理論

 

この武器を持たずに英文読めるわけないんだ。

 

文法学習は不要と言ってる人は、ネイティブが「ネイティブの英語感覚」という文法書の文法理論より遥かに詳細な「ネイティブの文法(感覚の領域まで達した文法)」使って読んでるの知らないんだよ。

 

だから

ネイティブは文法学んでなくても読める→だから日本人も文法学ぶ必要ない

 

こういう短絡的な考えに陥って文法不要とか言ってるだけ。

ネイティブの英語感覚を持ってない日本人がネイティブと同じことしてて

読めるようになるわけないんだよ。ネイティブはもともと読めるだけの文法力をネイティブの英語感覚という形で自然に身につけるから読めるだけ。ネイティブは本読めるだけの前提条件が全部揃ってるからあとは多くの本を読んで慣れたらいいだけだけど、日本人はその本を読めるだけの前提条件さえないんだから、その前提条件である文法習得は必須なんだよ。文法不要論者はここを全く理解してないからね。

 

 

 


またネイティブの子供は文法学ばなくても本読めるようになるので、日本人も文法学ばなくても簡単な本を多読すれば読めるようになると言ってる人もいるが、すでに述べたようにネイティブの子供は成長する過程で「ネイティブの英語感覚=ネイティブの文法」を周りの大人から「自然に」吸収し身に着けるから文法習わなくても読めて当然なんだよ。読めるだけの文法力は自然に身に着けてるから。

詳しく説明すると、ネイティブの子供は本を読み始める前に親との会話がすでに出来てるよね?親と会話を一切せずいきなり本を読み始める子供はいないだろう。 会話が成立してるということはどういうことかというと、子供が言っている言葉が親が理解できてて、親が言った言葉が子供が理解できてるという状態なんだよ。何でこういった言葉のやり取りで意思疎通出来てるのかというと、その言葉がある一定のルールで運用されてて、両者がそのルールを身に着けてるからなんだ。だから相手が言ってる言葉を理解できるし、自分が言った言葉が相手に通じるんだよ。

 

 

親ーーー(一定のルールで運用されてる言葉を使って意思疎通)ーーー子供

 

その言葉のルールを子供は親を含んだ周りにいる大人から「自然に」吸収して身につけるんだ。その言葉のルールのことを文法と呼んでるんだよ。つまりネイティブの子供は本を読み始める前にすでに親や周りにいる大人との会話の中で文法を身に着けてる。だから文法を習わないでも本を読めるようになるんだ。

このようにネイティブと非ネイティブとでは置かれてる境遇が全く違うんだ。

 

 

 

文法というのは「言葉のルール」であって、そのルールを知らないで読んだり書いたり話したり出来るわけ無いんだよ。みんながそのルールを守るからスムーズにコミュニケーション取れるんだ。ネイティブはその「英語の言葉のルール」を成長する過程で周りの大人から自然に吸収するからわざわざ勉強する必要ないだけ。「自然」にせよ「意識的」にせよこの「英語の言葉のルール」を身に着けることが英語を使う上で必須なんだよ。

 

英語の言葉のルール

ネイティブ→成長する過程で「自然」に習得

日本人→自然に習得出来ないので「意識的」に習得

 

 

 

 

逆に日本人が文法習わなくても日本語の本を読めるようになるのは、成長する過程で周りの大人から「日本語のルール」を自然に吸収し身につけるからであって、外国人の日本語学習者が日本語の本を読もうと思ったら当然文法書で日本語の文法を勉強する必要ある。

 

 

普段あまり意識してないが、日本人同士で会話してる時も非常に複雑な日本語のルールを無意識で使いこなしてるんだよ。

例えば

 

「今日はいい天気ですね」

 

こういった何気ない言葉でも一定の日本語のルールで運用されてて、

そのルールを知らない人が言うと、

 

「ですね天気いい今日は」

 

こんな感じになる。実際日本語の文法を全く知らない段階の外国人の日本語学習者が日本語書くとこんな感じになる。

つまりある言語を外国人が学ぼうと思ったらその言語の言葉のルール(=文法)を身につけることが必須なんだよ。

 

 

このようにネイティブと非ネイティブでは全く置かれている境遇が違い、英語の非ネイティブである日本人は意識的に文法書で文法理論を勉強する必要がある。

 

もちろんすでに他の記事でも言ってるように文法書の英語理論だけではネイティブ相手に英語使う段階になったら不十分だけど、最初は誰だって文法書で文法勉強する必要あるんだよ。物事には順序があるからね。文法書の文法理論を習得してるからその先にあるネイティブの英語感覚の習得も可能になってくるんだよ。なぜなら文法書の文法理論学んで基礎的な文法事項身に着けないとネイティブとコミュニケーションすら取れないから。ネイティブの英語感覚と言うのは実際にネイティブ相手に英語を使いながら習得するものであって、最低限の文法知識が無いとネイティブとコミュニケーションすら取れなくて、ネイティブの英語感覚の習得も不可能になるんだよ。

 

文法書の文法理論→ネイティブとコミュニケーション取れるだけの最低限の文法知識は身に付く→ネイティブ相手に英語使う事が可能になる→日常的にネイティブに英語使う中で少しずつネイティブの英語感覚が身についてくる

 

これが英語習得の順序。

最初の段階である文法書の文法理論を身に着けないとその先に進めないんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

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