ビジュアル英文解釈で酷い間違いを見つけた

ビジュアル英文解釈のP236で伊藤和夫は酷い説明をしてる。
まずは該当箇所を引用するので読んでほしい。

"Why is the sea never still? Well, there are times when the sea is nearly still, though no doubt even when it looks like glass there are waves in it too small for us to see."


伊藤和夫の説明

「"though no doubt even when"
ここからが難しい。"though no doubt"で簡単に「疑いはないけれども」とまとめて、"though"は接続詞なのにS+Vがないのはなぜかと訊かれると、"though it is (there is) no doubt の省略だろうなどと答えるのでは心細い。そんな省略を許す規則はどこにもないからです。
"no doubt"が"No doubt she will be in time for the train"(きっと彼女は列車にまに合うでしょう)のように、前置詞がないままで副詞的に働くことを知っているのが第1のカギ。副詞は文の中心構造を考えるときには除外してよいのが約束ですから、"there are times.....though when .... としてS+Vだけの構成を考えてみると、この文は、"there are times .....though(when S+V)S+V つまり全体では、S+V【(S+V)S+V】になることが見えるかどうかが、第2の、そして最も重要なカギなのです。」




まず問題なのがこの部分。

「"though"は接続詞なのにS+Vがないのはなぜかと訊かれると、"though it is (there is) no doubt の省略だろうなどと答えるのでは心細い。そんな省略を許す規則はどこにもないからです。」


いや、普通にこの部分は"there is"の省略だから。ネイティブは日常茶飯事で省略してるし。伊藤和夫はいったい何を言ってるんだと思った。 そんな規則はどこにもないって、その規則誰が作ったの? ネイティブはそんな伊藤和夫独自のルールなんて知らないよ? この件からもわかるように彼は何らネイティブに聞いたわけでもない彼独自のルールを、まるでこれが絶対的な英語のルールであるかのように説明してるんだよ。



私が上の文章をどう読んだかというと

"though 【there is(there is の省略)】no doubt even when it looks like glass 【that(同格のthatの省略。doubtにかかる)】there are waves in it too small for us to see."

直訳すると
「それが鏡のように見えるときでさえ、そこには私達が見るにはあまりに小さい波があるというゼロの疑いがあるんだけれども」
(この"no"をゼロと訳しているのはそうした方が使いやすいから。"I have no idea how to write in English" こういう英文でも「私は英語の書き方についてゼロの知識を持っている=私は英語の書き方を全く知らない」と考えたほうが英語書きやすいんだよ。)

伊藤和夫は同格のthatも見落としてる。
まず最初に"there is no doubt"「ゼロの疑いがある」と言っとくわけ。でも「疑い」って何の疑いだよって思うよね。だから後からその「疑い」を同格の"that "使って説明するんだよ。

"there are waves in it too small for us to see."

この部分が同格のthat節の部分。that自体は省略されることも多い。
そしてこの同格のthat節の部分で

"doubt"

を説明してるんだよ。

つまり「小さな波がある」という「疑い」がゼロなわけ。言い換えれば「確実に小さな波がある」ということ。

これが正しい読み方。doubtの後にwhen節があるから分かりにくいだけ。こうやって同格のthat節を離して書くとかネイティブなんてよくやってる。





万が一、私の読み方が間違ってる可能性もあるのでネイティブに聞いてみた。

私の質問

"There are times when the sea is nearly still, though no doubt even when it looks like glass there are waves in it too small for us to see."


The part "though no doubt" means "though there is no doubt"?

And another question. The "doubt" means "there are waves in it too small for us to see"?


ネイティブの回答

Yes that is correct


こうやってネイティブに聞けば一発で正解が分かるんだよ。そして伊藤和夫がいかに適当な説明してるのかも。



"No doubt she will be in time for the train"

この英文だって"there is" と同格のthatを省略してるだけで、きちんと書けば

"There is no doubt that she will be in time for the train"

こうなるんだよ。

これも一応ネイティブチェックかけて正しいこと確認したから。



それなのに伊藤和夫はこのno doubtを
「前置詞がないままで副詞的に働くことを知っているのが第1のカギ。」

こういうわけのわからない説明してる。やっぱり彼は自分勝手に解釈してるよね。それが正しい読み方かどうかネイティブに聞くといった事を一切してないから、間違ったことを正しいと思い込んで本でも書いてしまってる。だからネイティブに確認しないと適当なこと吹き込まれる恐れがあるんだよ。


ビジュアル英文解釈自体は初心者にとって分かりやすい良い本だと思うが、この本にも結構間違った説明がある。私が初心者の時はそんなこと一切気づかなかったけど、今読むとこうやって伊藤和夫の間違いにも気づくようになった。だから本当はネイティブに聞いたほうが良いんだよ。間違ったこと教えられるのが一番困るから。

zisakuzienita.hatenablog.com
zisakuzienita.hatenablog.com

【ビジュアル英文解釈】伊藤和夫の英語理論とネイティブの英語感覚【英文解釈教室】


f:id:zisakuzienita:20220414164125j:image

ビジュアル英文解釈、英文解釈教室といった一連の伊藤和夫の著書で伊藤和夫の英語理論を身につけ、英語を読めるようになった人は数多い。だが多くの人は次のような疑問を持ってるんじゃないかな?

 

「ネイティブは本当にこんな読み方してるのか?」

「確かに英語読めるようになったが全く英語が書けるようにならない」

 

 

伊藤和夫自身、確かに難解な本も読めたが彼はネイティブ相手にまともに英語使えないという非常に偏った英語力を持っており、本当に彼の英語理論を信奉してていいのだろうか? 伊藤和夫の英語理論はネイティブの視点が完全に欠落しており、そのためろくに英語も書けなかった有様であり、そのような英語理論を正しいと信じ込むのは危険ではないのか?

もちろん伊藤和夫が残した業績が素晴らしかったことは多くの人が認めるとこだろう。しかしだからといって彼が言っていることが全て正しいことにはならない。彼の英語理論の間違っていると思われる部分はきちんと指摘していかないと間違った英語が広まってしまう危険がある。

この記事では彼の英語力がいかにネイティブの英語感覚からかけ離れた偏った英語力であったか、また彼がいかに自分の英語理論を養護するためにネイティブの意見を拒否し、自分の英語理論に固執してたかを明らかにしていきたい。

 

 

 

 

○なぜ伊藤和夫はまともな英語のライティング力を身につけることが出来なかったのか?

 

英語のライティング力は実際にネイティブ相手に英語を日常的に使ってないと上手くならないよ。例文暗記するのは自由だけど、その暗記した例文も実際に使わないとろくな英文書けるようにならんから。伊藤和夫がろくなライティング力無かったのも実際にネイティブ相手に英語使った経験がほとんど無いから。実際に英語を使うからこそ、

 

「ネイティブはこういう場面ではこういう言い方するんだ。自分も使ってみよ。」

 

「こういう言い方だとネイティブに上手く意味が伝わらないな。違う言い方してみるか。」

 

こういった色んな経験が出来るんだよ。何年も英語使ってこういう経験が蓄積されていくからこそ、英文書く時にこういう経験が生きてきて自分の英文がどんどん自然になっていくんだ。こういう経験も一切しないでただ例文覚えただけで自然な英文書けるようになるわけないんだよ。

 

 

 

 

 

○なぜ伊藤和夫はネイティブのアドバイスを教養がないとか言って無視していたのか?

 

彼はネイティブ相手に英語を日常的に使った経験が無いから、ネイティブの英語力の凄さに気づけずに、ひたすら自分の英語理論が正しいと思いこんでしまっていたから。

誰だって英語使い始めの頃って自分が学校や参考書で習った英語とネイティブが実際に使っている英語の違いに戸惑って、次のような発想になりがちなんだよ。

 

「自分が学校や参考書で習った英語が本来の正しい英語で、ネイティブが使ってる英語は乱れた英語、文法的に間違ってる英語なんじゃないか?」

 

自分が今まで勉強してきた英語が間違ってたなんて誰も思いたくないからね。ネイティブの英語が間違ってると思いこんで自分の英語を正当化しがちなんだよ。伊藤和夫が自分の英語をネイティブに批判されて、ネイティブの教養のせいにしたのもこのレベル。

 

だけどね、そのまま英語を使い続けてたらある時、

 

「ネイティブの使ってる英語が正しくて、おかしいのは自分の英語」

 

だと気づくよ。気づくというかそれを認めざるを得ない時が来るよ。

 

「ああ、おかしいのは自分の英語なんだ」

 

と確信するときがくる。

これに気づいたときが本当の英語学習の始まりなんだよ。学ぶべき相手は文法書じゃなくてネイティブだと分かるから。

 

伊藤和夫はこれに気づかなかったんだよ。彼はろくにネイティブ相手に英語使ってなかったからそれに気付けなかったし、気付こうともしなかった。ただひたすら自分の英語理論が正しいと思い込みたかったからネイティブとの接触も避けていたんだろう。彼にとっては自分の英語理論の方がネイティブの英語感覚より重要なんだろうね。だからネイティブに批判されたら教養云々言い出して自分の英語理論を守ろうとする。

 

普通に考えたら分かるが、日本人で教養あると言われてるような人でも、人と会話してるときは普通に話してるよね。教養あるネイティブも同じで、人と会話してるときは一般の人と同じような言葉使ってるんだよ。だからネイティブにそんな言い方はおかしいと指摘されたら、その言い方は日常的には使われていないということだから使っては駄目なんだよ。教養がないからその言葉の使い方を知らずに、それで不自然だと言ってるんじゃない。そういう言い方は日常的に使われていないから不自然だと言ってるんだ。伊藤和夫はそれを理解せず、ネイティブの言うことは一切受け入れなかった。彼の英語にはネイティブの視点がほとんどないからね。彼は自分の英語理論を守るために教養云々言ってネイティブから逃げてただけ。

 

そもそも教養がある英語というのはどういう英語なのかよくわからないよね。丁寧な言い回しの英語はあるけど教養がある英語って何を指しているのか。文学作品をいっぱい読んでたら教養あるなと思う人もいるが、その文学作品で使われている英文の一節を日常生活で使っても誰も教養あるなんて思わんよ。ただの痛い人だし。教養あるアピールかなって思うだけだよね。その文学作品で使われている英文は本の中で使われている英語であって、その英語を日常生活で使ったらおかしいんだよ。何で本で使うような言い方を使って喋ってるんだと思われるだけ。

 

例えば日本語学習してる外国人が次のような日本語言ってたらどう思う?

 

「先日、日本に行ってきたざます」

 

何で「ざます」なんて言い方してるんだと理由聞いたら、教養ある日本人は「ざます」を付けるとか言い出した。それ聞いてる日本人がいくら「それは漫画とかで出てくる自称教養あるキャラクターがキャラ付けのためにつけてるだけであって、一般の日本人はそんな言葉使わない」と説明しても、この外国人は信用せず、ついには

 

「このざますの使い方を知らないあの日本人は教養がない」

 

とか言って来たらどう思う?

この人終わってるな、この人は永遠に日本語上手くならないだろうなって日本人なら思うよね。

伊藤和夫が自分の英語を批判されて、ネイティブに向かって教養が無いと言ってるのもこれと同じレベル。

 

 

 

 

 

ただこれに似たことって英語を実際に使ってると結構経験するんだよ。

私も経験あるよ。

英語使い始めの頃、ネイティブとチャットしてたら、私が書いた英文の単語を指して、その単語はここでは使わないほうが良いと言ってきた。何でって聞くと、ここでその言葉を使ったらあなたは変質者だと思われるよっていうんだよ。なんて言ったか正確にはよく覚えて無いけど確かそんなこと言ってきた。もちろん私はそんな意図は全く無く、ただ辞書に載ってたから使っただけなんだけど。

 

こういうこと経験したら、今まで一度も見たこともない単語を使う時は注意しないと危険だなって思ったね。よく英語書くとき、和英辞書で日本語打ち込んで、いくつか英単語の候補が出てきて適当にその中から一つ選んで書いてる人いるでしょ?それ結構危険だよ。その単語が実際に英語圏でどのような意味で使われてるか日本人には分からないから。私の例のようにとんでもない単語使ってしまう可能性が常にあるんだよ。英語使うのに慣れたらある程度は回避できる勘が出来てくるんだけど、慣れてないと本当にわかんないからね。

 

 

 

 

 

 

 

○それでは伊藤和夫の英語理論はまるで役に立たないのか?

 

 

彼の英語理論は彼がそれまで読んできた膨大な書物の中から、規則化出来る部分を纏めて体系化したものだろうから、本とかニュース系サイトに書かれているような文法規則に忠実な英文読むときには効果発揮するだろうね。

 

また彼はビジュアル英文解釈でその自分の英語理論を全く英語が読めない人にも、分かりやすく丁寧に説明しており、この本のおかげで英文読めるようになった人はいっぱいいる。私もその一人だし。そういう意味で伊藤和夫は偉大な先生なんだよ。英語が得意な人はいくらでも居るけど、全く英語がわからない、どこがわからないのも分からないレベルの人をとりあえず英文が読めるように出来る英語教師なんてほとんど居ない。伊藤和夫は多くの生徒に接してきて、そういう本当に英語ができない人がどこで躓いてるのかがよく分かっていたんだろうね。伊藤和夫はまったく英語が分からない生徒に英語はこうやって読めばいいんだよと優しく教えることができる先生だった。そういう意味で伊藤和夫は超一流の英語講師だったと思うんだよね。

 

でもだからといって伊藤和夫の言ってることは全部正しいなんてありえないからね。ビジュアル英文解釈で英語読めるようになって、伊藤和夫は凄いと彼の言ってること何でも信じ込んでしまうのも危険なんだよ。誰でも得意分野、不得意分野はあるわけで、彼はネイティブの英語感覚はほとんど身につけてないからね。だから伊藤和夫の英語理論を信奉するのも危険なんだよ。

 

 

 

 

よく「英語は読めないと書けない」と言われてるよね。確かにこれはあってるし、読めない英文は書けないのは事実だけど、この言葉は英語を書けるようになるにはどういう英文を読むべきか何も言ってない。日常的にネイティブがネットで書いてる英文というのは口語の英語なんだよ。これは日本人でも同じでツイッターなどで使われてる日本語は口語の日本語で、本の中で使われてるような堅苦しい言い方なんて普通しない。だから上の言葉は、

 

「(口語の)英語を読めないと(口語の)英語は書けない」

 

こう言えるよね。つまりいくら難解な本読んでても、ネイティブが日常的に書いてる自然な英文は書けるようにならないんだ。ツイッターとかで書かれてるような口語の英語の使い方を学ばなければならない。本の中の英語は本の中で使われてる英語で、それをそのまま日常生活で使ったらおかしいんだよ。こういう当たり前の事を伊藤和夫は理解してない。彼が読んでるような難しい本の英文を日常生活で使ったら、ネイティブからそんな言い方しないと言われて当然なんだ。

 

どうも彼はこういう口語の英語を馬鹿にしてる感じがするんだよね。あんな英語は教養のない英語で、難解な本の中の英語を読めてこそ真の英語力と言えるとか思ってそう。論文で使うような英文を読み書き出来る英語力の方が、日常的にネイティブが使う口語の英語を読み書き出来る英語力より上位に考えてるんだろうね。

 

改めて言うまでもないが、英語で論文の読み書き出来る英語ネイティブはみんな日常的に使われてる口語の英語の読み書きも出来るよね。英語の論文の読み書きは出来るが、口語の英語の読み書きは出来ないというネイティブなんているわけない。逆に口語の英語の読み書きは出来るが、英語の論文の読み書きは出来ないネイティブはいっぱいいる。つまり全ての英語力の基礎は口語の英語であって、その基礎の上に論文の英語の読み書きや難解な英語の本の読解があるんだよ。これは日本語でも同じだよね。論文書けるけどツイッターで使うような口語の日本語は書けないという日本人なんて誰もいない。

 

 

 

伊藤和夫が身に着けてるような英語力、つまり難解な英文は読めるが、ネイティブが日常的に使ってる英語はろくに使えないという英語力というのは非常に偏った英語力であり、ネイティブの英語力とは別物なんだよ。何で彼の英語がこういう奇妙な英語力になってるのかというと彼はネイティブの英語感覚をほとんど身につけてないから。つまりネイティブの英語感覚が無くてもそういった難解な本は文法書、辞書、構文知識、前提知識、読解力、文脈といったもので補えて意味は取れるんだが、日常的にネイティブが使ってる英語というのはもろにネイティブの英語感覚が要求されるから、彼の英語力ではどうしようもないんだ。

 

ネイティブが日常的に使ってる英語というのはかなり英文の「形」が崩れてるんだよ。本の中の英文のように「形」がカチッとハマってない。そういう形が崩れてる英文は1つ1つの単語の「感覚」を読み取らないと意味が取れない。その1つ1つの単語の「感覚」を読み取るにはネイティブの英語感覚が必要で、それがないと何言ってるのか分からないという状態になる。難解な本は読めるけどネイティブがちょっと書き殴ったような短文になると全く意味取れない人が出てくるのもこのため。

 

このネイティブの英語感覚というのはいわゆるフィーリングとは全くの別物。このネイティブの英語感覚から外れた言葉を使うと、ネイティブは「うまく言葉で説明できないけど『違和感』を感じる」という状態になって、自分の英語感覚に沿って違和感を感じない言葉に訂正しようとする。だから英語のライティングではこのネイティブの英語感覚を身に着けないと間違いだらけの英文書いてしまうんだ。ネイティブの英語感覚がないとこの『違和感』を感じることが出来ずに、間違った英文を正しいと思ってしまうから。

 

伊藤和夫の英語理論はこのネイティブの英語感覚がすっぽり抜け落ちてるんだよ。だから英文の「形」がしっかりした本の中の英文は読めるけど、ネイティブが日常的に使ってる形が崩れてた英文になると途端に読めない英文が出てくるし、間違いだらけの英文を書いてしまうことになるんだ。

 

ただ伊藤和夫の英語理論というのは全く英語が読めない英語初心者に教えるのは有りだと思うんだよ。とりあえず彼の言ってるようにやってれば英文読めるようになるから。ビジュアル英文解釈でそれを証明してるよね。いきなりネイティブが日常的に使ってる崩れた英文を教えても混乱するだろうし。彼らがツイッターとかで使ってる英文は主語省略、文章の一部省略とか当たり前にやってくるからね。

でも一通り英語読めるようになった人がいつまでも彼の方法を絶対視するのはどうかと思うよ。彼の英語理論はネイティブの英語感覚には程遠いから、それ続けてても口語の英語は読めないこと多いし、ネイティブのような英文もいつまで経っても書けるようにならない。彼の英語理論は本の中の英文読むことに特化してて、本しか読まないという人はそれでもいいかも知れないが、ネイティブ相手に英語使えるようになりたいと思ったら彼の方法論続けてたら無理。実際私がそうだったからね。ビジュアル英文解釈で英文読めるようになった私がネイティブ相手に英語使いだして、これでは無理だと思って変えざるを得なくなったから。

 

 

 

じゃあ分からない英文があったらどうするんだという話になるが、

分からないとこはネイティブに直接聞くべきだね。はっきり言って彼らの英語力、英語に関する知識は段違いで日本人など話にならんから。後の章で取り上げてる英文も私が直接複数のネイティブに読み方聞いて理解したからね。ネイティブに直接聞かないで英語の勉強するなんて不可能なんだよ。彼らしか答え知らないんだし。

「ネイティブ」がその英文をどう捉えてるかが重要であって、伊藤和夫がどう読んでるかなんてどうでもいいんだよ。ネイティブの読み方が正しいんだから。彼はビジュアル英文解釈で自分の読み方が正しい英文の読み方だと言ってるけど嘘だから。ネイティブの読み方が正しいんだから正しい読み方はネイティブに聞くしか無いんだ。伊藤和夫の読み方は自分はこう思うと言ってるだけで何らネイティブの視点が存在してないからね。彼の読み方でも「結果的に」意味は取れるというだけ。だから読めても書けないんだよ。彼の英語力が本の読解に偏ってるのも理由があるんだ。あんな読み方してたら当然ろくな英文なんて書けないよ。ネイティブはあんな英文の捉え方してないんだから、書いたら分かってないの全部バレるよね。

 

zisakuzienita.hatenablog.com

 

彼は本の中で「規則」とか「ルール」とか言ってるけど彼はその規則を「自分で」作ったんだよ。彼が読んだ本から規則化出来る部分を抜き出して自分独自にルール化してる。「結果的に」彼のルールでも読めるだけでそこには何らネイティブの視点が無いんだよ。ネイティブは伊藤和夫のルールや規則に従って読んだり書いたりしてるわけじゃないから。もちろん彼のルールにも規則性があるから本の中の英文を読むときには当てはまること多いからその読み方でも意味は取れるよ。でもネイティブはそんな彼の独自ルールに従っておらず、自身が持ってる英語感覚に従って英語使ってるから、ライティングでは伊藤和夫の英語理論の欠陥が露わになるんだよ。

 

つまり

ネイティブが自身の「英語感覚」に従って英語を書く

それらの英文には規則性があることを伊藤和夫が発見してルール化

そのルールを纏めたのがビジュアル英文解釈であり英文解釈教室

 

本来ならネイティブの英語感覚が無いと読めないんだが、無い人でも読めるようにしたのが伊藤和夫が纏めたルール。もちろん彼の理論に限らんよ。でも逆は無理なんだよ。伊藤和夫のルールに従って英文書いてもボロボロになる。そんな荒っぽいルールに従ってネイティブは英語書いてないから。ネイティブは自身の英語感覚という非常に詳細で、感覚の領域使って書いてる。読解ではその感覚無くても意味取る方法はあるんだが(それでも口語文はその感覚無いと意味取れないことが度々ある)、ライティングでは逃げれない。伊藤和夫の英語理論では読めるけど書けないのはそのせい。

 

もっと詳しく説明すると、さっき言ったように本来ネイティブの英語感覚が無い人は英文は読めないんだよ。でもそれを読めるようにしたのが、文法書であり、伊藤和夫の英語理論であり、その他大勢の英文解釈の本なんだ。英文の「表面の形」から規則性を見つけ出し、それを体系化してネイティブの英語感覚が無い人でも読めるようにした。そもそも最初は誰だってネイティブの英語感覚なんて無いんだから、初期はそういった本使って勉強する必要あるんだよ。英文読めないとその先に進めないから。だから学習初期は文法書で文法学ぶことが非常に重要で、ここはどれだけ嫌でも我慢して理解するしかない。文法学ばなくても英語使えるようになるとか間違っても思わないことだね。(学習初期に文法書で文法習得することの大切さは次の章で詳しく説明する)

 

 

でもそういった文法書にも問題点があって、それらの本にはネイティブの視点が殆ど無いんだ。英文の表面の「形」だけ見て説明加えてるから、なぜネイティブは"It is hard to beat the game"という英文で、文頭で"it"をつかうのか、なぜネイティブは"This is a pen"という英文で、ここで"a"を付けるのかというネイティブの感覚が説明できず、取り敢えずこの"it"は仮主語としておこう、可算名詞には"a"を付けるとしておこうという全くネイティブの視点を無視した説明に終始してる(ネイティブがこの"it"をどう使ってるかは後の章で詳しく説明する)。でも読むときはそれでも一応意味は取れるんだよ。文脈とかで補えるから。だが書くときには全く不十分でボロボロの英文書いてしまう。ネイティブはその"it"を仮主語として使ってないし、可算名詞には"a"をつけるというルールに従って"a"を付けてるわけじゃないから。当然彼らの英語感覚に従って使ってる。だから英語書くときは彼らの英語感覚がないと正確に書けないんだよ。

そしてネイティブ相手に英語使う段階になったらネイティブが日常的に使ってる英文も読むことになるが、そういった口語文ってかなり英文の形が崩れてて、文法書や伊藤和夫の英語理論の説明では意味が取れないことが多いんだよ。あくまでそういった説明って本の中の英文のように英文の形がカチッと定まってる場合に有効で、口語文のように形が崩れてるとそれらの規則が有効に働かなくなるんだ。それらの規則ってあくまで英文の「表面の形」から作られてるから、その「形」が崩れてると前提条件が崩れて通用しない事が多くなる。よってそういった口語文読むときにもネイティブの英語感覚が必要になってくるんだ。つまり英語を実際にネイティブ相手に使う段階になったら、読む時も書く時もネイティブの英語感覚が必須で、文法書や伊藤和夫の英語理論だけでは対応できなくなるんだよ(このネイティブの英語感覚の具体的な習得方法は後の章で説明するが、一言で言えばネイティブ相手に日常的に英語使わないと習得は恐らく不可能。伊藤和夫が習得出来なかったのもこのため)。

ビジュアル英文解釈や英文解釈教室といったこういった参考書はネイティブに直接聞くだけの英語力がない段階の人が使う本で、ネイティブに直接聞けるようになったらそんな本に頼らずネイティブに直接聞くほうが良いんだよ。英語感覚使って読んでる彼らの読み方が正しいんだから。文法書や伊藤和夫の英語理論というのは本来の「ネイティブの英語」を学ぶためのただの「準備段階」であって、それらが英語の本質じゃないんだよ。

 

「文法は重要だが、文法書は重要じゃない」。この区別は非常に重要でここが分からないと文法なんて必要ないとか思ってしまう。重要なのは「ネイティブ」がその言葉をどういう感覚で使ってるか(これが「ネイティブの文法」)であって、ただ英文の「表面の形」から規則性を見つけ出して説明加えた文法書の文法は初心者に教えるために有効なだけであって、ネイティブはそんな文法書の文法ルールに従ってないんだよ。だから自分の英語力がある段階に達したら文法書は卒業するんだ。重要なのは「ネイティブの文法」であって、文法書の文法じゃないと分かるから、全部ネイティブに聞くようになる。彼らしか答えられないから。私が文法用語殆ど使わないで英文の説明してるのもそのせい。ネイティブはそんな文法用語使って説明しないからね。

そしてこの「ネイティブの文法」を「ネイティブの英語感覚」と呼んでいるんだよ。このネイティブの文法は感覚の領域に達しているから。

 

そんなこと言われてもネイティブに質問できる英語力がないから出来ないと言う人もいるかもしれないが、そういう難しい英文は読めるけどネイティブ相手にまともに英語を使えないという伊藤和夫的な英語力がいかに偏った英語力であり、実際使い物にならない事が実感できるよね。

それにネイティブに直接英語の質問すること自体が英語の勉強になるんだよ。英語という話題を介してネイティブとコミュニケーション取るという経験が積めるから。当たり前だけど会話するということは相手が必要なわけで共通の話題がないと会話なんて続かないんだ。文化も違う、住んでる環境も違うわけで、そういった人達と会話を何年も続けるにはお互い興味のある分野が共通してる必要がある。この共通の話題がないと1ヶ月もしたらすぐに話すこと無くなるからね。だからネイティブに英語の質問するというのが良い話のネタになるんだよ。

 

 

 

色々伊藤和夫の方法論批判してきたが、「自分は英語の本さえ読めたらそれでいい。口語の英語は一切読めなくてもいいしネイティブ相手に英語使うことも一生無い。英語なんて書かないしネイティブに直接質問するとかもやりたくない」という人なら伊藤和夫の方法論で勉強するのは悪いことだと思わんよ。実際彼の方法使えば英文読めるようになるし。例えその読み方がネイティブとかけ離れてても実際に読めて意味取れるんだからそれで十分な人もいるよね。英語なんてただの道具なんだし、自分にとって必要な英語力を必要なだけ身につけたら良いわけで、英語の本さえ読めたらそれでいいという人はそれでもいいよね。

だから彼も自分の英語理論の素晴らしさを言うだけじゃなくて、その限界もきちんと明示しておくべきだったんだよ。あくまで自分の英語理論は本の中の読解に特化してると断りを入れておくべきだった。

 

伊藤和夫の発言

「ま、今だって「受験英語」ではスラングを交えた会話が出来ないなどという非難が、これも声の大きさで通用している場合もあるようだがね。」

 

こんなこと言わずに、「自分が教えてるやり方ではネイティブ相手に英語使う段階になったら通用しないので会話で使えると思わないで下さい」ときちんと認めてたら、学習者も余計なことで迷う必要なかったんだよ。実際その段階になったら彼の方法論では通用しないの私自身が経験してるからね。もちろんそれでも意味は通じるよ。通じるけどネイティブの英語には程遠いんだよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

○日本人が英文法を学ばなければならない理由

 

 

この章では少し話題を変えていかに初心者が英語学ぶ上で文法書で文法を習得することが重要かを語っていきたい。なぜわざわざ1章を設けてまでこれを説明しようと思ったのかというと、巷では英語習得するのに文法を学ぶ必要はないという私から見たら詐欺としか思えないようなことを語ってる人がいるからなんだよ。ネイティブは文法学ばないで英語出来るんだから日本人も文法学ぶ必要はないという、これまたネイティブと非ネイティブの区別さえ付いていない人が適当なこと言ってるよね。そういう意見がいかに間違ってるかこの章で説明していきたい。

 

 

すでに述べたように日本人が英語を使えるようになるにはまず文法書で文法を学ぶことが必須で、これはどれだけ嫌でも我慢して勉強しなくてはならない。私はいつも英語は楽しく使うことが重要で使った結果上手くなると言っているが、「初期の文法習得期だけは別」でとにかく文法書の文法を一通り習得するまではどれだけ苦痛でも理解して身に着けないとその先に進めないんだよ。

 

じゃあ文法書で何を学ぶのかというと、一番重要なことは「英語の基本的な考え方」を理解して身につけるということ。

 

英語の基本的な考え方というのは関係代名詞で言えば、

 

This is the Nintendo Switch that I bought yesterday.

 

こういう英文見たとき、"the Nintendo Switch that"この時点で2つの予測が立つわけよ。

1:「このthatは関係代名詞のthatで"the Nintendo Switch"を説明する文が続くはず」

2:「that以下の文には必ず先行詞である"the Nintendo Switch"が収まる場所があるはず」

 

特に重要なのが2で、上の文で言えば

 

This is the Nintendo Switch that I bought ○ yesterday.

 

この○の部分に"the Nintendo Switch"が収まる場所があるので、その収まる場所を期待しながら読んでいくんだ。関係代名詞のthat以下の文というのは必ず先行詞が欠けた不完全な文になってるので、必ず先行詞が収まる場所がある。だからそれを探しながら読んでいくんだよ。

 

関係代名詞の場合、こういう欠けた場所を探すというのが一番重要で、こういう考え方を身につけるために文法書使って勉強するんだよ。こういうことを身に着けないとその先に進めないから。

 

そしてこういう考え方を身につけたら応用が効くんだよ。

 

例えば

 

What did you buy the chair for?

 

こういう文見たとき、初心者だとこの"for"が何なのか分からないと思うんだよね。でもこれも"for"の後に"what"が収まるんだよ。

 

つまり本来

You bought the chair for something.

という文で、somethingの部分を尋ねるために、somethingをwhatに変えて前に持ってきて疑問形にしただけなんだよ。だから取り残された"for"が文末にぽつんとあるんだ。こういう基本的な英文の作られ方を理解するのは非常に重要だからね。特にライティングでは。こういうこと理解してないとこの"for"を書き忘れて、

"What did you buy the chair?"

こういう英文書いてしまうから。

 

この英文だと"what"が収まる場所がどこにもないんだよ。

did you buy the chair?"

 

これで完全な文になってるからwhatが収まる場所がどこにもないからおかしいんだ。でも初心者はこの英文のおかしさに気づけないんだよ。基本的な英文の考え方が身についてないからこれでいいと思ってしまう。だからこの辺のことは学ばないといけないんだ。

 

 

 

私がこういった関係代名詞の考え方を一番最初に知ったのがビジュアル英文解釈だったと思う。この説明読んで腑に落ちたというか、英語の核心に触れた気がした。

 

ちょっと話逸れるけど、世間一般の伊藤和夫のイメージってトップレベルの生徒に対する先生という感じだけど、私の彼の評価は全く英語が出来ない偏差値で言えば偏差値30ぐらいの生徒を偏差値50にさせることが出来る先生という評価なんだよね。彼は英語ができない人がなぜ出来ないのかよく分かってたし、そういう人に対する説明が抜群に上手かった。だから駄目と言ってるんじゃなくて、むしろそういう出来が悪い生徒に英語を分からせることこそ英語講師の力量が発揮されるんだよ。出来のいい生徒はほっといても出来るようになるから誰が教えても良いけど、出来の悪い生徒は本当に教え方が上手くなかったら理解させることが不可能だからね。私は色々伊藤和夫批判をしてるけど、この点はほんと彼は偉大だったと思ってるよ。

 

話戻るけど、上のような関係代名詞の文法説明を学ぶことなしに自力でこういった法則見つけ出せると思う? 伊藤和夫のように出来る人もいるかもしれないが、別に自力で見つけなくても文法書に載ってるんだからそれ読んだら良いと思わない? ゲームするならあえて攻略本読まないで苦しみながら遊ぶというのも分かるんだが、何で英語学習で文法書読まずに自ら苦しもうとするのか理解できないんだよね。文法書で文法学ぶの辛いと思ってるかもしれないが、文法学ばないで英語習得するのってもっと辛いからね。

 

 

 

 

 

 

 

文法学ばなくても英語使えるようになると言ってる人の多くは営業トークだと思うよ。文法学びたくない人を騙しやすいから。そういう甘い誘惑に騙されないことだね。そもそもそんなこと言ってる本人が本当に英文法を一切学んでない保証がどこにもない。自分は英文法を学んで英語出来るようになったのに、人には文法なんて必要ないですよーって言って騙してる可能性もあるからね。だからそんなこと言ってる人の英語力が本物だったとしても信用したら駄目なんだよ。もしくは騙すつもりは無くても本心から文法は必要ないと思ってて間違ったことを人に教えてる場合もある。ある程度英語力が付いてくると誰が本当のこと言ってて誰が間違ったことを言ってるのかすぐに見抜けるようになるが、初心者のときは分からないからどうしてもそういった甘い誘惑に引っかかりやすいんだよ。

 

とりあえず基本的な文法事項を習得しないとネイティブとコミュニケーション取れずにその先に進めない。別に最初は自分の書く英文がボロボロでもいいんだよ。それでも通じるから。でも文法書で文法習得しないとその「ボロボロの英文さえ書けない」んだよ。つまりネイティブと一切コミュニケーション取れないということ。これは言語習得に取って致命的な状況で、とにかくその状況を打破するために、文法書で文法習得してコミュニケーション取れる状況に持っていかないといけない。

文法学ぶ必要はないと言ってる人はどうやって英語書いてるんだろうね。まさか読むときは文法不要だけど、書くときは必要とか言わないよね? それか例文そのまま使って一部単語を変更するだけで英語書けるとか言わないよね?文法習得しないとまともな英文は絶対に書けないからね。私が書いてる英文なんかほんと文法知識の塊みたいなもんだよ。どこまでその文法知識を実践を通してネイティブレベルまで引き上げるかが鍵なんだよ。こういう文法を習得しないと片言の英語が使えるようになるだけ。応用が効かないからね。こんなんだとまともにネイティブと会話できないよ。この時点で文法必要ない論は破綻してるんだよ。

 

 

 

 

【ネイティブが文法学ばなくても英語使える理由】

 

なぜネイティブは文法学ばなくても英語使えるのかというと、彼らは「ネイティブの英語感覚」を成長する過程で周りの大人から「自然に」吸収し身に付けるからなんだよ。この「ネイティブの英語感覚」というのは「ネイティブの文法」とも言えるもので、文法書の文法より遥かに詳細な文法だと思ってていいよ。いわば感覚レベルに達した文法。こういう詳細な文法知識をネイティブは「自然に」身に付けるから、わざわざ文法書で文法の勉強する必要ないんだよ。ここがネイティブと非ネイティブの最大の違い。この「ネイティブの英語感覚」を成長する過程で習得しなかった非ネイティブは意識的に文法書を使って文法学ぶ必要あるんだよ。

 


つまり英文を読むには、

A:ネイティブの英語感覚(=「ネイティブの文法」)

B:文法書の文法理論

 


このどちらかが必要になるわけ。日本人は成長する過程でAの「ネイティブの英語感覚」を自然に身に着けなかったので、Bの文法書の文法理論を学ばないと英語読めるようにならないんだよ。

 

つまり

ネイティブの英文を読むときの武器→ネイティブの英語感覚

 

じゃあ日本人の英文読むときの武器は何?

ネイティブの英語感覚という武器は持ってないよね。

その武器が文法書の文法理論なんだよ

 

日本人の英文読むときの武器→文法書の文法理論

 

この武器を持たずに英文読めるわけないんだ。

 

文法学習は不要と言ってる人は、ネイティブが「ネイティブの英語感覚」という文法書の文法理論より遥かに詳細な「ネイティブの文法(感覚の領域まで達した文法)」使って読んでるの知らないんだよ。

 

だから

ネイティブは文法学んでなくても読める→だから日本人も文法学ぶ必要ない

 

こういう短絡的な考えに陥って文法不要とか言ってるだけ。

ネイティブの英語感覚を持ってない日本人がネイティブと同じことしてて

読めるようになるわけないんだよ。ネイティブはもともと読めるだけの文法力をネイティブの英語感覚という形で自然に身につけるから読めるだけ。ネイティブは本読めるだけの前提条件が全部揃ってるからあとは多くの本を読んで慣れたらいいだけだけど、日本人はその本を読めるだけの前提条件さえないんだから、その前提条件である文法習得は必須なんだよ。文法不要論者はここを全く理解してないからね。

 

 

 


またネイティブの子供は文法学ばなくても本読めるようになるので、日本人も文法学ばなくても簡単な本を多読すれば読めるようになると言ってる人もいるが、すでに述べたようにネイティブの子供は成長する過程で「ネイティブの英語感覚=ネイティブの文法」を周りの大人から「自然に」吸収し身に着けるから文法習わなくても読めて当然なんだよ。読めるだけの文法力は自然に身に着けてるから。同じことをネイティブの英語感覚が無い日本人がやっても読めるようになるわけがないんだ。文法力ないと文章の構成が理解できずにただ単語追ってるだけになるから文法書での勉強が必須。

逆にアメリカ人に日本語の本を多読させた場合を考えてみたら良いんだよ。文法も一切教えず、絵本から読ませていったらそのうち難解な本も読めるようになると思う? なるようになるわけないよね。

何度もいうけどネイティブと非ネイティブとでは置かれてる境遇が全く違うんだから同じことやってても出来るようにならないんだよ。ネイティブさえネイティブの英語感覚という「ネイティブの文法」を身に着けた上で本読み始めるのに、何で非ネイティブの日本人が文法も身に着けないで読めるようになると思うのか。

 

 

 

文法というのは「言葉のルール」であって、そのルールを知らないで読んだり書いたり話したり出来るわけ無いんだよ。みんながそのルールを守るからスムーズにコミュニケーション取れるんだ。ネイティブはその「言葉のルール」を成長する過程で周りの大人から自然に吸収するからわざわざ勉強する必要ないだけ。自然にせよ意識的にせよこの「言葉のルール」を身に着けることが英語を使う上で必須なんだよ。

 

言葉のルール

ネイティブ→成長する過程で自然に習得

日本人→自然に習得出来ないので意識的に習得

 

逆に日本人が文法習わなくても日本語の本を読めるようになるのは、成長する過程で周りの大人から「日本語ネイティブの日本語の感覚」を自然に吸収し身につけるからであって、そのネイティブの日本語の感覚がない外国人の日本語学習者は日本語の本を読もうと思ったら当然文法書で日本語の文法を勉強する必要ある。

 

日本人が日本文を読むときの武器→日本語ネイティブの日本語の感覚

外国人の日本語学習者の日本文読むときの武器→文法書の文法理論

 

このようにネイティブと非ネイティブでは全く置かれている境遇が違い、英語の非ネイティブである日本人は意識的に文法書で文法理論を勉強する必要があるんだよ。もちろんすでに前の章で言ったように文法書の英語理論ではネイティブ相手に英語使う段階になったら不十分だけど、最初は誰だって文法書で文法勉強する必要あるんだよ。物事には順序があるからね。文法書の文法理論を習得してるからその先にあるネイティブの英語感覚の習得も可能になってくるんだよ。なぜなら文法書の文法理論学んで基礎的な文法事項身に着けないとネイティブとコミュニケーションすら取れないから。ネイティブの英語感覚と言うのは実際にネイティブ相手に英語を使いながら習得するものであって、最低限の文法知識が無いとネイティブとコミュニケーションすら取れなくて、ネイティブの英語感覚の習得も不可能になるんだよ。

 

文法書の文法理論→ネイティブとコミュニケーション取れるだけの最低限の文法知識は身に付く→ネイティブ相手に英語使う事が可能になる→日常的にネイティブに英語使う中で少しずつネイティブの英語感覚が身についてくる

 

これが英語習得の順序。

最初の文法書の文法理論を身に着けないとその先に進めないんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

○日本人が英語使えない理由

 

 

日本人が英語出来ない最大の理由は使う必要が無いからだよ。日本は人口が多いから何でも翻訳されるし日本語のコミュニティも大きい。これが人口少ない国だと英語が必須になるんだよ。本読むにしろゲームするにしろ自国の市場が小さいため翻訳なんてされないから、英語使えないと本も読めないゲームも出来ないという状態になる。このように日常的に英語使わざるを得ないから結果上手くなる。

以前私のフォロワーだったスペイン人が言ってたんだけど、彼はスペイン人の殆どは英語出来ないと言ってた。これが英会話ができないという意味なのか、ネット上で読み書きも出来ないという意味なのかよくわからないけど多分両方だと思う。でもこれも納得できて、スペイン語圏ってかなり広大で彼らは別に英語使えなくても日本人と同じで困らないんだよ。本にせよゲームにせよ殆どスペイン語に翻訳されるから。だから使う必要が無いからいつまで経っても使えない。スペイン語と英語という言語的に近くてもこんな状態なんだよ。彼の言ってた事が事実だったらの話ね。私は確認してるわけじゃないから間違ってる可能性もあるけど、使えなかったとしても納得は出来るよね。

ただ海外のフォーラムなんか見てたらやっぱスペイン語圏の人達の書く英文は上手い傾向があるので、言語的に英語に近いというのは英語習得にとって有利に働くというのは間違いなくあると思うよ。

 

現実的には英語が世界共通語というのは間違いなくあって、私は最初日本語でツイートしててその上で海外の人たちのアカウントをフォローしたんだけど、フォローバックしてくれたのなんて10人に1人ぐらいだったよ。誰も日本語でツイートしてる日本人なんてフォローバックしようとしない。それで一部を除いてアンフォローして、しばらく英語で書いた後、もう一度「同じ人」をフォローし直したら今度は2人に1人ぐらいフォローバックしてくれた。この時英語の威力を思い知ったね。英語使えないと本当に門前払いみたいな状態になって海外のコミュニティに参加すら出来ない。でも取り敢えず英語を書ければ、例えその英語がボロボロでも別に問題にならないんだよ。彼らは非ネイティブの英語に慣れてるから。多くの日本人が思ってる以上に通じると思ってていいよ。実際私の書いてた英語なんてボロボロだったからね。それでも普通に伝わるんだよ。伝わらなかったとしても彼らは聞き直すから最終的には伝わるんだよ。私もたまに「その言い方だと複数の意味が考えられて何が言いたいのか分からない」と言われたよ。その時は違う言い方すれば大体伝わる。つまりそのボロボロの英語でも使えるということ。そして使った「結果」上手くなるんだよ。

 

以前明治末期から大正時代に発行された雑誌のスキャン読んだことあるんだけど、その雑誌に「日本人は英語書くのを諦めるべきか」って書いてたんだよ。つまりその当時の日本人も英語のライティングには相当苦労してて、もう諦めたほうがいいんじゃないかという議論さえあったのが分かる。

英語の読解に関しては明治維新以後相当研究が進んでて、当時でもほぼ読解方法に関しては確立してたみたいなんだよね。実際大正元年に発行された英文解釈の本が戦前戦後とずっと使われてきて、伊藤和夫が英文解釈教室書くまでその本が英語読解の中心だった。最近復刊されたので興味があれば買えるよ。「新々英文解釈研究」っていう本。でもライティングに関しては全く有効な方法が無くて、諦めたほうがいいんじゃないかという議論さえ出る始末。

 

私の個人的な意見をいえば、英語のライティングはネット端末がないと勉強するのほぼ無理だと思ってる。詳しくは後の章で説明するがネット端末使って実際にネイティブ相手に英語使わないと習得は無理だね。そういう意味でネット時代以前の日本には英語のライティングの有効な学習環境が存在していなかったことになる。つまり伊藤和夫が生きてた時代と今とでは英語学習を取り巻く環境が激変してて、彼の方法論がすでに時代遅れになってるんだよ。

ネット時代以降、文字を書く機会が急増してて家にいながらネイティブとテキストで話すことも可能になった。英語圏のコミュニティに簡単に参加出来るようになり、英語圏の生の情報もリアルタイムで手に入るようになった。ネット上には口語英語が溢れており、口語英語を読める必要性も出てきた。こんなこと伊藤和夫が生きてた時代には存在してなかったわけで、彼の英語理論はこういった今の時代にはまるで対応できてないんだよ。彼の理論では一般にネイティブが書いてる口語文を読むのには不十分だし、ライティングなんか全く話にならない。彼の方法論はただ本の中の英文を読むことに特化してて、ネット時代以降急増した口語英語の読み書きには全然対応できてない。こういう時代にいつまでも彼の理論を絶対視するのはどうかと思うんだよね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

伊藤和夫の英語理論は口語英語には対応できていない

 

 

ツイッターとかで書かれてる口語の英語だと彼の英語理論だと読めない英文いっぱいあるよ。ああいった口語の英語はネイティブの英語感覚が身についてないと意味が取れない事が多い。

 

例えばこういう英文

This anime doesn't have the right to be even half as good as it is. But at best it has been brilliant. 

 

伊藤和夫の英語理論だとこういう英文はまず意味が取れないだろうね。断言は出来ないけど彼の英語理論だとこの"as it is"が何を意味してるのか恐らく理解できないはず。彼から言わせたらこんな教養がないネイティブが適当に書き殴ったような英文なんて読めなくてもいいとか言いそうだが、

ここで一つ知っておいてほしいことは、ネイティブはみんなこの英文読めるということなんだ。教養があろうがなかろうがみんな読める。これは実際に私が複数のネイティブに読み方聞いたから間違いないよ。彼らはみんなこの英文を見た瞬間理解する。それはどういうことかというと、ネイティブと実際に会話してるときに、こういう言い方を普通にしてくると言うことなんだ。ネイティブはこっちがネイティブレベルで英語理解するという前提で話してくるからね。つまりこういう英文も読めないとそこで会話が止まってしまうということ。"Sorry, I don't understand what you mean."といっていちいち聞き直さなければならない。だからこの英文はネイティブが適当に書き殴った英文だから読めなくても良いという理屈は通用しないんだよ。これ実際に英語使ってる人ならわかると思うよ。だから彼らが日常的に書いてる英語が読めないということは大問題なんだよ。会話ができないということだからね。本の中で分からない英文があったら何時間もかけて調べることできるけど、ネイティブと会話してるときはそんな時間ないからね。

 

 

(注)上の英文の読み方知りたい人は下の記事で詳しく説明してるので興味あれば読んでください。

 

zisakuzienita.hatenablog.com

 

 

 

 

 

さらにもう一つ伊藤和夫の英語理論では説明が難しい口語文を紹介すると

A:"What is it about the Nintendo Switch that many people are buying?"

 

これ意味取れる?

 

「多くの人が買ってる任天堂スイッチっていったい何なの?何でこんなに売れてんの?」

 

って感じの意味。

普通にネイティブはこういう言い方するからね。

この英文、多分伊藤和夫の英語理論では説明できないんじゃないかな。詳しくは知らんけど彼の理論では恐らくこの"it"が何なのか説明出来ないはず。この"it"はネイティブの英語感覚がないと意味取れないんだよ。

 

この"it"は、

B:"It is hard to beat the game"

C:"I like it when she is singing a song next to me"

 

の"it"と同じ働きしてる。多くの日本の英語学習者が馴染み深いのが英文Bのitだよね。仮主語と教えられたはず。でもこれを仮主語とか言ってるからネイティブの英語感覚が身につかないんだ。

 

とりあえずAの英文を説明すると、

英文Aは

"What is it"

"about the Nintendo Switch that many people are buying?"

 

と分けて考えた方が分かりやすい。

 

まず最初の

"What is it"だけど取り敢えず分かりやすくするために”?"つけて

 

"What is it?"

 

ってしとくね。

この英文は「一体それって何なの?」って驚いてるわけ。ここで気になるのは"it"の内容だよね。「それ」って言ってるけどそれって何なんだよって思うよね。

 

ここがネイティブの英語の特徴で、この"it"はこの英文言ってる人の頭の中でこれから言おうとしてることを「それ」って言ってる。

つまり

"What is it"と言ってる時点で、"it"の内容知ってるのはこの英文言ってる人しか知らない。

でもそれだと聞いてる人は理解できないよね。"it"がなにを指してるのかわからないわけだし。だから後からその"it"の内容を説明するために

 

"about the Nintendo Switch that many people are buying?"

 

って部分を追加で言うんだよ。つまりこの"it"は

 

"about the Nintendo Switch that many people are buying?"

 

この部分を指してる。

これがネイティブの典型的な"it"の使い方で、ネイティブはまず最初に「それって一体何なの?」って感じで"it"の内容を説明することなしに"it"を使う。この時点で「それ」の内容を知ってるのは発言者だけ。でもこれだと相手に意味が伝わらないから、後から「多くの人が買ってる任天堂スイッチについてなんだけどね」って付け加えて、"it"の内容を説明する。

これが典型的なネイティブの"it"の使い方でこれが理解できないとこの英文理解できないと思う。

 

 

このやり方で

 

B:"It is hard to beat the game"

 

この英文も説明すると、

この英文も

"It is hard"

"to beat the game"

を分けて考えたほうが分かりやすい。

 

この発言者はまず

"It is hard"、つまり「それは難しい」というわけ。この時点で"it"の内容知ってるのはこの発言者だけで、聞いてる方は"it"がなにを指してるのか分からないから、「それ」って一体何だよってなるよね。

 

だから後から

"to beat the game"

の部分を付け加えて"it"の内容を説明するわけ。つまり「それ」の内容は「そのゲームをクリアすること」だよね。

こういう風に"it"を使うのがネイティブであって、こういう"it"の感覚を身につける事が重要なんだ。この"it"を仮主語なんて説明してるのは、英文の表面の「形」だけみて適当な説明してるだけなんだよ。

 

B:"It is hard to beat the game"

 

この英文みて、この"it"が何なのかよくわかんないから仮主語とか言ってお茶を濁してるだけ。学校とか従来の文法書で教えられてる文法は全部そう。でもそこにはネイティブの視点が全く無いんだ。ネイティブは何でここで"it"を使うのか、そういうネイティブの感覚を身に着けていくのが英語を学ぶ上で非常に重要なことなんだ。このネイティブの"it"の感覚を身に着けると英語書くとき楽になるよ。

 

最後の

C:"I like it when she is singing a song next to me"

 

この英文も全く同じ。この"it"が主語で使われていようが目的語で使われていようが使い方は全く同じ。

この英文も分かりやすくするために、

"I like it"

"when she is singing a song next to me"

 

を分けて考えるね。

まず最初の

"I like it"だけど、この発言者は最初に「私はそれが好きです」と言ってしまうわけ。当然この"it"の内容を知ってるのは発言者だけ。それだと意味が相手に伝わらないから、

後から

"when she is singing a song next to me"

と言って"it"の内容を説明してる。

 

 

 

あとこれは実際にネイティブがフォーラムで書いてた英文。

"How is it to play DQ1 now ? I think the first Final Fantasy is still really fun, but I have never tried Dragon Quest."

 


こういう英文もほんとネイティブっぽいよね。

これも分かりやすくするために

"How is it"

"to play DQ1 now ?"

を分けて考えるね。

 


まず最初に"How is it?"「それはどんな感じ?」と"it"の内容を説明せずに

言うわけ。その"it"の内容を後から"to play DQ1 now"で説明する。"it"の内容は

DQ1を今プレイすること」だよね。

 

 

こういう"it"の使い方ってネイティブは多用してるし、絶対に身に着けないといけないのになぜかきちんと教えられていないよね。

 

B:"It is hard to beat the game"

 

こういう英文だけ取り上げてこの主語は仮主語とか訳のわからん教え方してる。それだと応用がきかないし、ネイティブが何でここでitを使うのかもさっぱり分からない。

こういうネイティブの視点って伊藤和夫の英語理論には殆どないよね。It..to..構文と説明するだけで、ここで何でネイティブがitを使うのかネイティブの感覚を説明せず、ただ英語の表面の「形」だけ見て説明してるだけ。もちろんそういう読み方でも意味は取れるよ。でもそれは意味が取れるだけであってネイティブの読み方とは程遠いんだよ。読むときは文脈とか前提知識とかで補えるからいいとしても、そういった文脈や前提知識で補えないでその人の英語力がもろに現れるライティングでは、こういうネイティブの英語感覚が身についていない人の書く英文はボロボロになる。そしてこういった感覚はネイティブとの日常的なやり取りの中で少しずつ身に着けていくのであって、文法書と辞書使った旧来の勉強法では身につかないんだよ。だから英語は実際に使わないと上手くならないんだ。泳ぎ方について書かれた本読むだけでうまく泳げるようになるわけ無いでしょう。それと一緒で文法書や辞書の字面読むだけでその言葉が上手く使えるようになるわけないんだよ。

 

例えば

He has studied English for ten years.

この英文で彼は10年英語勉強してると言ってるけど、彼は今現在も勉強してるか、もうしてないのかどっちかわかる?

 

答えは今も勉強してるよね。現在完了系は現在を含むわけだし。

 

次にこの英文

He studied English for ten years.

 

この英文は彼は10年英語勉強したといってるけど、彼は今も勉強してるのかしてないのかどっちかわかる?

 

それについてはこの英文では何も語ってなくて、ただ彼は10年英語の勉強したと言ってるだけだけど、

恐らく彼は今は勉強してない可能性が高いよね。何故かというと今も英語の勉強してるならstudied と言わずに、has studied と言うはずだから。ここであえてstudied と言ってるということは暗に今はもう英語の勉強してないと言ってるわけ。

 

この辺の使い分けは英語書く上で非常に重要で、ネイティブはどういう時に現在完了形使ってて、どういう時に過去形使ってるのか常に読むときに注意を払って、ネイティブの現在完了形の使い方を学んで、それを自分の英文書くときに生かしていかなければならない。これがネイティブから英語を学ぶということ。

 

文法書の現在完了形の定義読んで理解したとしても、それだけだと使い物にならないんだよ。実際にネイティブ相手に英語使って、ネイティブは一体どういう時にどういう現在完了形の使い方してるのか日常的に見て、実際に自分で使ってみる。その書いた英文をネイティブチェックにかけて、この現在完了形の使い方が正しいかどうか聞いてみる。そういうことを何年も繰り返して初めて現在完了形を使えるようになってきたと言えるんだよ。文法書の字面読むのが英語の勉強じゃないんだ。そうやって実践で身につけた現在完了形の感覚をネイティブの英語感覚と呼んでて、このネイティブの英語感覚を身につける事が英語を学ぶということなんだよ。

もちろんこのことはあらゆる文法事項とか単語にも当てはまるよ。例えばrealizeとnoticeの違いとかね。どういう時にネイティブはrealize使ってて、どういう時にnotice使ってるのか常にネイティブを観察してその使い方を吸収する。そして実際に自分でも使ってみて後でネイティブチェックかけて修正していく。これを繰り返して行くことによってrealizeとnoticeのネイティブの感覚が身についていくんだよ。辞書の字面読んでるだけでこんな感覚身につくわけないんだよ。これが英語を学ぶということ。こういうこと日常的にしてないとネイティブのような自然な英文書けるようにならないからね。

 

 

 

 

 

スマホタブレット、PCといったネット端末を使わないとライティングの勉強は出来ない

 

紙の辞書と文法書片手に英語を勉強する時代は終わったよ。実際に英語を使うからこそ、以下のチャットログのように数年に渡って私を日本語勉強してるアメリカ人だと思ってたという笑えることも経験出来るんだ。英語圏のコミュニティでは当然みんな英語使ってるので、プロフィール欄に自分の出身国書かないと、直接聞かない限り推測するしかなく、私もこの相手の出身国を知らない。多分非ネイティブだろうなと思うぐらい。

 

 

以下がその時のチャットログ

 

(私)Installed Gboard into my fire7, but it doesn't have any JP language pack and I have no idea how to install it.


(相手)@*** I didn’t know you speak Japanese


(私)@*** Really? Did you think where I am from?


(相手)@*** After all these years I thought you was from the United States my friend


(私)@*** Oh, that's surprising. I thought you knew I was from Japan.


(相手)@*** I didn’t at all lol. I always thought you was from states and learn Japanese language

(私)@*** Haha! That's really interesting. My English isn't good, so I thought many people would notice I was not a native English speaker.

 

 

 

また別の人とのチャットログ。

相手はネイティブ。

 

(私)I played a ps4 through pc for the first time. I hardly feel any lags, but the screen on my laptop is so cheap, not IPS, so the graphics aren't beautiful so much.

(相手)@*** Yeah for regular and slim ps4 it streams at 720p and ps4 pro streams at 1080p at the same bitrate, so the graphics quality is reduced right away. I just got ny ps4 last week so good to hear lag will not be an issue.


(私)@*** Yeah, I only played some RPGs, but I didn't feel any lags. If they were FPS games like COD, I may have felt lags, but I guess no one would want to play FPS games on the remote play.


(相手)@*** Maybe single player I would not do competitive FPS. Anyways I'll get to see for myself. Have you tried PS Vita remote play?


(私)@*** No, I have not tried it on my Vita. I hacked my Vita to play retro games, so I guess it can't connect to the ps4.

 

 

 

相手は非ネイティブ(だけどこの人はネイティブレベル)

 

(私)I feel nostalgic when I remember when I was enjoying anime


(相手)@*** Same


(私)@*** I got older.

(相手)@*** I got bored, it stopped catching my attention. Just games now.

(私)@*** Yeah, I feel multilayer games are more exciting too.

(相手)@*** I used to like single player games, but I don't play them at all anymore too

(私)@*** I understand your feelings. Now I only play retro games, but I was getting crazy about MMOs and MOs like DQ10 or PSO2 before.

 

 

相手はネイティブ

 

(私) But this shit analog stick of vita. It always move automatically. Never buy Vita 2000. This is a defective product.

(相手)@*** I had that problem. Had to take the vita apart and replace the stick. It was really difficult to find a replacement for vita 2000 analog stick

(私)@*** Yeah, this stick problem is very annoying. I sent my vita to Sony to repair the left analog stick once, and they replaced the stick but my vita got the same stick problem again. I can not help but say the vita2000 itself has a structural flaw


(相手)@*** Is the left stick always moving 'up' on its own? That's what was happening to mine

(私)@*** Yes, my left analog stick always moves "up" automatically, too.

 

 

 

相手はネイティブ

 

(私)I want a saturn controller for ps4

(相手)@*** You should get one of these then. I bought a wired one for my Saturn and it's a good controller.

(私)@*** Does it work on ps4? I know they are making Sega Saturn controllers for pc and so on, but I'm not sure if it works on ps4. As far as I looked at their sites, I feel it works on Switch, pc, ps3, but not on ps4.

(相手)@*** Doesn't look like they'll work with PS4 out of the box. You might want to look at this adapter from Mayflash if you decide to get a RetroBit Saturn controller.

(私)@*** Oh, thanks! The adapter is 4,800 yen on amazon, so it's kinda severe to get it, but I'm glad I can confirm the retrobit's SS controller doesn't work on ps4.

 

 

相手はネイティブ

 

(私)I don't know what Discord is for, but I often hear the word, so downloading it.


(相手)@*** Ah yes. I use discord quite a bit. It's the popular chat client to communicate with any online friends. I often use it when playing online games with them. You can do text and voice chat...


(私)@*** Oh, I see. I just downloaded it and created my account  but I realized the app wasn't for me. I thought there might be any forums or something there.


(相手)@*** You could find something similar to a forum. If you find a Discord channel for discussing specific topics it could be considered something of the same .... Discord channels of course being a thing multiple users join to talk stuff in...


(私)@*** Oh Discord channel. That's it! I have heard there is something similar to forums on Discord before, but I wondered why there was no forum on my app.

 

 

 

英語圏でのチャットの流れは大体こんな感じ。その他にもツイートしまくってたらそのうち上手くなる。最低1万ツイートは必須だろうね。当然全部英語ね。2万から3万ツイートぐらいしたらかなり英文書くの楽になるよ。日本語思い浮かべないで言いたいことを直接英語に出来るようになるからね。書く時にいちいち日本語思い浮かべないと書けないというのは慣れてない証拠。日本語いちいち思い浮かべてたら、その日本語に影響された英文になるに決まってるんだよ。

 

 

 

(注)この辺の英語の書き方を知りたい人は以下の記事をお読み下さい

 

zisakuzienita.hatenablog.com

 

 

 

上で書いてる英文のように、実際に使うときは自分の言いたいことを分かりやすい簡単な言葉で言うことが大切で、伊藤和夫のような教養のある英語使ってる人なんて誰もいない。むしろそういった難解な難しい英語を書くというのは英語使い始めの初心者である証拠なんだよ。難しい英語使って自己満足に陥ってるだけ。伊藤和夫もこのレベルだね。

 

伊藤和夫の実際のライティング力は、一通り文法身につけた初心者が辞書使いながらヒイヒイ言って英文書いてるのと大差ないから。もちろん実際に英文書いたら伊藤和夫の方が上手くかけるだろうが、結局上手く英語書けるようになるには実際にネイティブ相手に英語を使う必要があるので、5年、10年という長いスパンでみたら両者は大差ないんだよ。むしろ実際に英語使い始めたらこの初心者の方が数倍上達が早いから、伊藤和夫のライティング力なんて一瞬でこの初心者に抜かれるよ。なぜなら初心者の方が余計な知識持ってないのでネイティブの英語を素直に吸収できるから。これは皮肉な話なんだが、伊藤和夫のように文法書と辞書片手に何十年も英語勉強した人ほど自分独自の英語理論をもってて、そういった英語理論は実際にネイティブ相手に英語を学ぶ段階になったら非常に大きな障害になるんだ。ネイティブの英語を素直に吸収出来ずに、ネイティブの使ってる英語は乱れた間違った英語だと拒否して、自分の英語こそが正しい本来の英語だと言ってその英語を使い続けるからね。伊藤和夫がまさにこの罠に陥ってる。こんなこと言ってたら永遠に英語上手くならないから。

 

 

新基本英文700選使うのは本人の自由だが、一度私やネイティブ達が書いてる英語とその例文集を照らし合わせて、本当にその例文集を丸暗記した先に、上で書かれてるような日常的に使われてる英語が書けるようになるのか一度考えてみたほうがいいね。

 

700選は

普段ネイティブがどんな英語使ってるのか知らない人が書いて

普段ネイティブがどんな英語使ってるのか知らない人が推薦して

普段ネイティブがどんな英語使ってるのか知らない人が使ってる

例文集と言えるね。

 

 

 

 

あと、これは700選に限らないけど、私が上で書いてるような英文は例文を暗記してその一部を変更した程度では書くの難しいよ。全部1つ1つ自分で決めて書いてる。

 


つまり

何でここで”a"を付けるのか、"the"では駄目なのか、
何でここで"realize"使うのか、"notice"では駄目なのか
出来るだけ自分なりの根拠を持って書くようにしてる。

 

もちろんその根拠が間違ってる時もあるよ。その時は修正すればいいだけ。

 

こうやって

自分なりの根拠を持って書く→間違ってたら修正→自分なりの根拠を持って書く→間違ってたら修正→........

 

これを繰り返して、英文書くときの根拠をいかにネイティブレベルに近づけるかが本当のライティングの勉強方法なんだよ。
だから普段からネイティブ相手に英語を使ってないとこの「修正」が
出来ないからライティング力付けるの無理なんだ。

 

「ネイティブはこの場面ではこういう言い方するんだ。次から自分も使ってみよ」

「ネイティブはここでは"a"つけるのか、次から付けるか」


自分一人で例文暗記してるだけで実際にネイティブ相手に英語使わない、ネイティブチェックもかけないならこういう「修正」が出来ないよね。
だから間違ってる部分をずっと使い続けてしまって上達出来ないんだよ。

 

そしてその英文書くときの根拠なんだけど、突き詰めていくと言語化出来るレベルを超えて感覚の領域に達する(これ大げさでも何でもなくて、例えばどういう時にaを付けて、どういう時に付けないかなんて1つ1つ言葉でいちいち説明できるわけ無いでしょう。可算名詞にはaを付けるなんて文法書の説明なんて実際には殆ど役に立たない)。

つまり言葉での説明はただのヒントであって(自転車の乗り方を言葉で完璧に説明するのが無理なのと一緒)、最終的には自分で英語使いながらこの感覚を磨いて(感覚レベルで根拠を微調整する感じ)、いかにその根拠をネイティブレベルまで持っていくかが重要になってくる。そしてこれがネイティブの英語感覚を身につけるということなんだよ。難しいこと言ってるように聞こえるかも知れないが、言葉で説明するから難しいように思えるだけで、出来る段階になったら自然に出来るようになるから。実際私も誰にも教えられてないからね。せざるを得ないからするようになっただけ。


このように英語を実際に使いながらこの感覚を磨いていくしか無いんだから、英語は実際にネイティブ相手に使わないと上手くならないんだよ。それ以外にこの感覚を磨いていく方法が無いから。

 

 

 

 

また日常的にネイティブ相手に口語の英語を使う事の重要な点を1つ上げれば、論文の英語とかビジネスで使う重要なメールでの英語では間違いは許されないよね? そういう間違いが許されない場所でいきなり正しい英語が書けるわけがないんだよ。普段から英語をネイティブ相手に使って、多くの間違いを経験できるから自分の英語が「修正」出来て、正しい英文が書けるようになる。

 

つまり

「間違うことが許されている場所」を持っておく必要がある。

 

ツイッターとかだといくら間違っても何のダメージも無いよね。笑われてもそれをネタに出来るわけだし。そういう気楽に間違うことが出来る場所で数多くの間違いを経験しておくことが大切なんだよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

○実際に日常的に使われてる口語文書くのが一番難しい

 

 

意外かも知れないが、英語に限らず日本語でも口語文書くのが「外国人の語学学習者にとっては」一番難しいんだよ。

このことを分かりやすくするために日本語で例えると

 


A:このゲームすごくつまらないです。買って本当に損しました。任天堂には失望しました。

 


B:このゲームクソゲー過ぎだろ。買ってほんと損したわ。任天堂とっとと潰れろよ。

 


C:バブル崩壊後、不良債権問題によって多くの銀行が破綻し、日本経済は危機的状況に陥った。

 


Aの日本文が文法規則に忠実な「形」がしっかりした日本文。

Bの日本文が「形」が崩れてた日本文。

 


どっちが日常的に使われてる自然な日本語かというとBなんだよ。

こういう言い方がいいか悪いか別にして。

Aなんか使うと何でそんな言い方してるの?ってなるよね。

でも外国人の日本語学習者にとって書きやすいのは断然Aなんだよ。

文法規則に忠実だから、文法理論だけで書ける。

 

Bの日本文は教養無い人が書いた文に思えるけど、日本語学習者にとっては

書くの相当難易度高い。日本人の日本語の感覚がないとこういう崩れた日本文は書けないんだ。本に載ってる文法規則だけでは書けない。

実際語学学習サイトで日本語の学習者が書いてる日本文の多くがAのような日本文だよ。小学生の作文みたいな日本文書いてる人が多い。

Bのような日本文書いてる人がいたら相当この人日本語できるなって思うね。書いてる内容はレベル低いように思えるので、何も知らない日本人だとこの人アホなこと言ってるなと思うだけかも知れないが、これだけの日本語書くのが外国人学習者にとってどれだけ難しいか知ってる人ならこの人の凄さ理解できる。

 

Cの日本文は一見難しそうに見えるがAと同じで文法規則に忠実で「形」がしっかりしてるから実は日本語学習者にとって書きやすいんだよ。ただ書いてる内容が難しいだけで、日本語自体は単純。文法書の知識でそれなりに書ける。こういう論文で使うような硬い日本文も日本語学習者はよく書いてるよ。書きやすいからね。でも日本人にとってはCの日本文が一番書くの難しいから凄いように思えるだけ。

 

語学学習する上で、「本当に語学力が無いと書けない文」と「知識さえあったら書ける文」を区別しないといけない。Bの文が前者で、Cの文が後者ね。ここを混合してるからCの文見て凄いように思うんだよ。実際はBの文の方がはるかに凄いから。

 

 

 

 

 

会話というのは自分の言葉が相手に理解されて初めて成立するんだよ。自分の言ってる言葉が相手に伝わらないとコミュニケーションにならない。だから日常会話では誰でも理解される簡単な言い方をするんだ。本のようにただ著者が言いたい事言って、理解できる人だけ理解したらいいといった事は出来ない。1つ1つの言葉を噛み砕いて、分かりやすい言葉で相手の反応を見ながら説明する必要がある。会話というのは相手がいて初めて成立するんだから、相手が理解できないと会話にならないんだ。だから難しい言葉を避けて分かりやすい言葉を使うんだよ。

 

 

伊藤和夫はこの辺が全然出来てない。

彼はネイティブ相手に英語を使った経験が殆ど無いから、彼は相手が見えてない。ただ自分が使いたい言葉を使って、理解できないのは教養が無いからと言って切り捨てる。これでは会話にならない。コミュニケーションというのは自分が言った言葉が相手に理解されて初めて成立するんだから。

 

ネイティブに対して教養云々言うこと自体が問題外だね。相手が教養無いと思ってるなら、その教養がない相手でも理解できる言い方すれば良いだけであって、何でわざわざ難しい言い方して相手を困らせるようなことするのか。

何のために英語を使うのかというと「自分の言いたいこと」を相手に伝えるためでしょう? 伝わらなかったら会話にならないんだ。

 

結局、何で伊藤和夫が難しい英語連発するのかというと、彼はネイティブが日常的に使ってる簡単な分かりやすい英語が使えないから「難しい言い方せざるを得ない」から。ネイティブが日常的に使ってる英語は、普段からネイティブ相手に英語使ってないと書けないからね。これ意外に思うかも知れないが実はかなり難しいんだ。例文暗記した程度では無理。

それで書けないから自分でも書ける「難しい英語」を使うんだ。これは知識だけで書けるからね。そしてそれを正当化するために教養あるように振る舞うわけ。これが実態。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

○正しい英文かどうかを判断するのはネイティブの英語「感覚」

 

 

以前ある語学学習サイトで、日本語学習中の外国人が授業の感想文として

 

「先生方の知識の豊富さには感銘を禁じ得ない」

 

って書いていたんだが、この日本文見てどう思う?違和感感じない?

若い学生が授業の感想文書くのに「感銘を禁じ得ない」なんて言葉を普通使うだろうか?

まず使わないよね。この日本文は文法的にも問題ないし意味も問題なく通じる。でも日本人から見たらちょっと不自然に感じるよね。

 

 

ここでちょっと考えてほしいんだが、上の日本文見て、何を基準にして不自然だと思った?文法的にも問題ないし、意味も問題なく通じるのに、何をもってして不自然だと感じた?

自分が持ってる日本語の感覚と照らし合わせて不自然だと判断したよね。上の日本文はネイティブの日本語感覚からしたら不自然な日本語と言える。

 

つまり与えられた日本文が正しいかどうかを判断するのは、日本語ネイティブが持ってる日本語の「感覚」だと言うことが分かるよね。この日本文を書いた外国人の日本語学習者はこのネイティブの日本語感覚が無いから上のような不自然な日本文を書いてしまったんだ。

 

 

 

以上の事を英語に置き換えて考えてみると、正しい英文かどうかを判断するのはネイティブの英語感覚だということになる。日本人でも無ければ、文法書でもない。英語ネイティブが持ってる英語感覚がその英文を正しいかどうかを決めるんだ。

 

 

 

 

上記の事を理解したら、英語の例文集を出すときにネイティブチェックをかけないなんてありえないことが分かるだろう。ネイティブの英語感覚を持ってない、または不十分な日本人ではいくら文法知識あっても、

 

 

「先生方の知識の豊富さには感銘を禁じ得ない」

 

 

こんな感じの英文があったらそれを正しいと判断してしまって例文集に載せてしまう可能性がある。ネイティブチェックはこういった例文を載せないためには必須なんだよ。

 

 

 

 

 

ここで伊藤和夫の新基本英文700選の話題に戻るが、この例文集はネイティブチェックかけてないよね。それはどういうことかというと、

 

 

「先生方の知識の豊富さには感銘を禁じ得ない」

 

 

こんな感じの英文が排除されずに平気で載せられているということなんだよ。当然ネイティブが見たらこんな英文は不自然なんだから、こんな言い方は普通しないと指摘する。伊藤和夫はこの辺の事を理解してないんだよ。正しい英文かどうかを判断するのはネイティブの英語感覚だということを認めず、自分の英語理論を絶対視して、その自分の英語理論から見て正しい英文を例文集に載せてしまってる。新基本英文700選に載ってる英文は伊藤和夫の英語理論から照らし合わせたら正しんだろうね。だからネイティブチェックもかけなかったんだろう。彼にとってはネイティブの英語感覚より自分の英語理論の方が正しんだから。

だから、彼は本の中で

(注:伊藤和夫の英語学習法という本の中での発言。この記事の最後にその発言前後の部分を一部引用して載せてるので興味があればお読み下さい。)

 

 

 

生徒A(伊藤の自演キャラ)「相手、つまりnative speaker と言われる人たちの教養の問題もあるんじゃないでしょうか。」

 

>【外人の限界】

 

 

こんな事を平気で言えるんだろう。彼はネイティブの英語感覚を身につけることが英語を学ぶことということを理解してないからね。ネイティブ相手に英語使った経験がほとんど無いからこれの重要性に気づけなかったんだよ。

 

 

 

 

 

 

英語のライティング能力の全体を10として、そのうち学校英語で身につくのは精々1ぐらい。つまり文法、構文知識、例文暗記した程度ではライティング能力全体の1程度の能力しか付かなくて、後の9は実際に使いながら身につけていくと思ってていいよ。すでに上で述べたように私の経験上ひたすら実践で数万単位の英文を書かないと精錬した英文にはならない。例文覚えた程度でネイティブのような自然な英文を書けるようになるわけないんだ。伊藤和夫は全体の10の内、この学校英語の1しか知らないんだよ。本人は気づいてないけど。じゃあ伊藤和夫は学校の英作文の授業で何を教えてたんだというと、彼が教えてたのは英作文の試験で合格点取るための方法だよ。つまり彼は受験テクニックを教えていたんだ。それは彼の仕事からしたらある意味正しいよね。でもそれはあくまで試験で合格点取る方法であって本来のライティングの上達方法じゃないんだよ。

 

 

 

 

 

また伊藤和夫のこの発言

>諸君は英文法の知識を武器として、英文を論理的に読み解こうとする。

この武器は強力である。この武器を意識的に使うならば、我々は英米人以上に

正確に英文が読めるようになるのである。

 

大嘘ですね。

ネイティブの英語感覚というのが全く身についてないからこういう発言してしまう。そもそも英文法というのはネイティブが日常的に使ってる言葉を

分析して体系化してまとめたものだろう。つまり文法書に載ってる英文法というのはネイティブが使ってる言葉のルールの一部に過ぎない。

ネイティブの英語感覚と言うのは分かりやすく言えば、言葉に出来ないほどの詳細な文法とも言えるんだよ。文法書に載ってる文法のルールなどネイティブは日常的に使いこなしてて、さらにそれより詳細な文字で説明できないレベルの文法事項も使いこなしている。そんなネイティブに対してたかが文法書に書かれた程度の文法事項を使った程度で何でネイティブ以上に正確に英文が読めるようになると思うのか。ネイティブより正確に読めたというならそれは相手の読解力がなかったせい。彼はわざとかどうか知らんが、英語力と読解力を混同して語ることが多いから気をつけないと騙されるよ。彼はこういったトリック使って自分を正当化することよくあるから。

 

 

 

 

あまりこんなこと言いたくないが、伊藤和夫の発言読んでたら、結局彼は

「俺英語出来るアピール」

「俺の英語理論最高アピール」

したかっただけなんじゃないかと疑ってしまうね。

彼は俺英語出来るアピール、俺の英語理論最高アピールしたいだけだから、彼にとってはネイティブの存在が非常に邪魔なんだよ。そんな言い方しないと言われたら俺英語出来るアピール出来なくなるからね。そこで自分を正当化するために持ち出したのが、「あのネイティブは教養がない」というロジックなんだよ。教養の問題にしてネイティブの意見切り捨てたら自分の英語理論守れて、俺英語出来るアピール出来るからね。

一般の英語学習者にとってはネイティブは英語を学ぶ対象、英語を教えてもらう先生的な存在なんだけど、彼にとってはネイティブは自分の英語理論を脅かす敵のように捉えていたんだろう。

 

 

だから彼は会話英語にもやたら批判的なんだよ。彼自身ろくにネイティブ相手に英語使った経験もないし、彼の英語理論では会話英語はうまく説明出来ず、俺の英語理論最高アピールも出来なくなってしまう。会話英語が生徒にとって有用かどうかより、俺英語出来るアピール出来るかどうかが彼にとっては重要だったんだ。あまりこういうこと本当は言いたくないんだが、こういう視点から彼の発言読んでみると色々見えてくるんだよね。

 

 

また彼は同僚に何で英作文の参考書を出さないのかと聞かれて、

 

「ネイティブに『こんな表現はない』と言われちゃおしまいだろう?」

 

と答えたらしい。

この発言も全くの意味不明で、

ネイティブにこんな表現はないと言われたら自分の英語を修正したら

いいだけで、何がおしまいなのか。自分の英語理論がおしまいなのか。最初から自然な正しい英文書ける人なんて誰もいない。間違いながら上手くなっていくのがライティングでしょう。

それを一切せず、ただ自分の英語理論を絶対視して英文書いてるから

上のような発言してしまうんだよ。自分の書く英文が不自然なの自分で認識していながら、自分の英語理論をただ守りたい一心でこうやってネイティブから逃げてた彼の姿が見て取れるね。

 

 

 

 

何でこんなこと思うようになったかというと、彼を英語講師では無く一人の英語学習者として見た場合、彼の発言には疑問符が付くことが多すぎるんだよ。

純粋な英語学習者なら、少しでも上手くなりたい、ネイティブのような英語使えるようになりたいと思うよね。だから常にネイティブが普段どんな英語使ってるのか注意してそれを自分の英語に取り入れようとする。ネイティブこそが自分が英語を学ぶ対象なんだよ。

 

そういう純粋な英語学習者なら、

 

生徒A(伊藤の自演キャラ)「相手、つまりnative speaker と言われる人たちの教養の問題もあるんじゃないでしょうか。」

 

>【外人の限界】

 

こんな発言「絶対に」しないからね。

自分はその外人から英語学んでるのに「外人の限界」なんて思うわけがない。外人の限界って言うなら伊藤和夫はいったいどうやって英語を学んでいたんだろうね。彼が使ってる文法書も辞書もその外人が日常的に使ってる言葉を分析して書かれたものだろう。彼の読んでる本もその外人が書いたものなんだが。こういう発言からも彼の中では

 

自分の英語理論>>>ネイティブの英語感覚

 

こういう図式があったのが見て取れるね。

 

 

 

 

 

 

 

 

(注)伊藤和夫のライティングに関する考え方は伊藤和夫の英語学習法(1995年初版第一刷発行)の「Chapter5 作文力をどう伸ばすか」に主に書かれており、特にP105からP107に伊藤和夫の気持ちが述べられており、そこから発言を引用する。(【死んだ英語】【外人の限界】という見出しも本当に本の中に書かれている)

 


【死んだ英語】

 


伊藤「生きた英語であればあるほど、時間や地域に縛られる。ということはまたその英語が死ぬまでの時間も短いわけだ。日本で英語を勉強する限界がそこにある。だいたい我々が勉強するにあたって頼りにする辞書だって制作に着手してから完成までに10年かかるのは珍しい話じゃない。(中略)そういう意味で我々のやる英語は死んだ英語、最大公約数の英語にならざるを得ない以上、英作文の答えは、古くてもいい、ぎこちなくてもいい、英米人が読んでわかり、日本文の意味の主要部分が相手に伝わりさえすれば良いというのが僕の考えだ。学校で習う英語は死んだ英語でも、基礎がしっかりしていれば、それをその場その場で相手に合わせて「生かす」ことは、そんなに難しいことではないはずだからね。」

 


生徒A(伊藤の自演キャラ)「相手、つまりnative speaker と言われる人たちの教養の問題もあるんじゃないでしょうか。」

 


【外人の限界】

 


伊藤「急に冴えてきたね。と同時に君たちの口から今のような発言が出てくるのは、やはり日本も国際化したということだな。僕の英語は何と言っても基礎が、戦時中つまり鎖国の時代にできたわけだ。

ところが教えるということになったら占領軍という名で、あらゆる階層のアメリカ人が日本へ来ていた米国至上主義の 時代だろう。自分が正しいと思って教えた英語について、生徒から「外人に聞いたらよくないと言われました」と言われて深刻に悩んだ経験は多いよ。アメリカ人の奥さんになってる人を教えていて、「夫から『そんな言い方はない、学校の先生の言うことをよく聞いていないんだろう』と叱られました。何とかしてください」と泣きつかれたことまである。ただ、そのうち、「外人」も人が違えば言うことが違うことに気づいてね。特に大学受験程度の英語が読みこなせるのは、一部の外人だけだということも分かった。

今のような「心境」にたどり着いたのは、教師を始めてからずいぶん後のことさ。もっとも僕だけじゃないのかもしれない。学校英語に出てこないようなスラングまがいの表現を集めて、これこそ本当の英語という感じで売り込むことに成功してベストセラーになった本もあるしね。今では消えちゃったけど。ま、今だって「受験英語」ではスラングを交えた会話が出来ないなどという非難が、これも声の大きさで通用している場合もあるようだがね。年を取ってくると同じ次元の非難が出ては消え、出ては消えするのを何度も目にすることになる。そうすると、いつか 、何物をも変えられない非難などアブクみたいなものじゃないかという気がしてくるのさ。

 

 

zisakuzienita.hatenablog.com

 

英語を「やり繰りする能力」は例文暗記では身につかない


f:id:zisakuzienita:20200603024819j:image


あらかじめ日本文が提示されててそれを英語に翻訳する場合、

意味が同じなら基本的にどんな英文書いてもいい。

 



例えば下の日本文。

 

 

「私が不愉快に感じるのは彼の言うことではなくて、その言い方です。」

 

この文章はある例文集に載っていたのだが、この日本文に対する

英文はこう載っていた。

 

A: "It isn’t what he says that annoys me but the way he says it."

 

強調構文だが、この英文見た時、私ならこんな文章絶対に書かないなと思った。この英文自体は自然だし全く問題ないのだが、私は日頃こういう英文は書かないんだよね。

 

実際私が上の日本文を見て書いた英文がこれ。

 

B: "What makes me irritated is not what he says, but how he says it."

 

 

私が書くならこういう風に書くね。

念の為に英文Aと英文Bはどう違うのかネイティブに聞いたところ、

 

【ネイティブA】 They mean the same, it’s just two different ways to word it

 

【ネイティブB】Both sentences have the same meaning.

 

このように同じ意味だという回答。どっちつかってもいい。

でもこの2つの英文、同じこと言ってるのに文章の構成はかなり違うよね。このように予め日本文が提示されててそれを英語に翻訳する場合、答えは1つじゃなくて複数の言い方がある。どういう言い方するかは書き手の自由であり、そこに個々人の英文の個性が出てくる。

だから書いてる英文見たらこの人が日頃どういう英文書いてるのかだいたい分かるんだよ。

日本語でも人によって書く文章に特徴出るよね。それと一緒。

 

 

 

もう一つ例を上げたら、

 

「いつ結婚するか、子供を産むか産まないかは、各人の自由な判断によるべきだ。」

 

 

 

この日本文を回答例見ずに自分で書いた英文が下の英文。

 

 

C: "Each person should decide freely when they marry and whether they have a child or not."

 

 

上の日本語見てパッと書いたんだが、某参考書には下の英文が回答例として載っていた。

 

D: "Everyone should be free to decide when to get married and whether to have children."

 

 

どっちも自然な英文でどっち書いてもいいんだが(両方自然な英文というネイティブの回答)、後からDの英文見た時、こういう英文も私ならまず書かないなと思ったね。

 

例えば

 

「子供を産むか産まないかは」

 

この部分なんだけど、私は似た事を英語にする時は

普通下のような書き方してるんだ。

 

"I'm debating whether I should buy the game."

 

意味は「私はそのゲーム買うべきかどうか熟考している」なんだけど

"whether"使う時、私は普通こんな感じで"whether S +V"の形にする。

普段こういう英文書いてるから、上の問題文に対する英文でも

 

"whether they have a child or not."

 

こういう英文が自然と出てくるのであって、

 

"whether to have children."

 

こういう英文はまず出てこないんだよ。

普段こんな英文書いてないから。ちなみにネイティブは

こういう英文よく書いてるよ。私が書かないだけであって。

何で書かないのかというと書き慣れてないから。いつも使ってる英文でもなんの問題もなく通じるんだから書き慣れた方使うよね。

 

普段どんな英語使ってるかによってこういった違いが出てくる。これが書き手の個性として英文に現れてくるんだ。

 

 

 

 

英語を書く時、このように自分が身につけている英語の範囲内でいかに自分の言いたい事を表現するかが腕の見せ所であり、それがライティング力に関わってくる。

 

A: "It isn’t what he says that annoys me but the way he says it."

 

上でも出てきたこの英文だが、こんな強調構文知らなくてもいくらでも同じ意味の英文書けるんだよ。もちろん知ってて損は無いし、書けないより書けたほうがいいよ。でも例え知らなくても自分の知ってる英語、日頃使ってる英語でいかにして同じ意味の英文を書くかという「やり繰りする能力」も非常に重要であり、実際に英語を使う場合こうした能力が必要になってくる。

自分の英語力がしょぼくても、しょぼいなりにいかにして自分の言いたいことを相手に伝えるかが重要なんだよ。

 

 

 

例えば小さな子供が本取ってほしい時、誰構わず「本」「本」って単語連発するよね。もう少し大きくなったら「本取って」って言葉使えるようになる。大人は「そこの本取っていただけますか」ときちんと敬語使えるようになる。このように同じように本取ってほしいと言いたい時も、その時その時の自分が身につけている日本語の範囲内で、相手にこちらの意思を伝えてる。

 

 

英語も同じで、最初からネイティブレベルの多彩な表現の英語を書けるわけがないんだよ。最初は間違いだらけで非常にチープな言い回ししかできないが、それでもその下手な英語でいかにして相手に自分の言いたい事を伝えるかという「やり繰りする能力」、「その場を乗り切る能力」が英語を実際に使う時に重要になってくる。これは自分の英語力では書けないと思っても、そこで諦めるんじゃなくていかにして違う言い回しで同じ事伝える事できるか考えて、会話を途切れさせないことがチャットする上で重要なんだよ。

これ聞いて馬鹿らしいと思う人もいるかもしれないが、実際に英語を使うとなるとこういった泥臭い能力も必要になってくる。そしてこういった実践を繰り返していると、日本語の文章を英語に翻訳する時にも生きてくるんだよ。日本語見て、これは自分では英語にするの無理だと一瞬思っても、何とかやり繰りして英語に出来る粘り強さが出てくる。

 

でもこういったやり繰りする能力って例文暗記するだけでは身につかないんだよね。いくら日本文みて一瞬で英文が浮かぶようになっても、自分の頭で考えて英文書く訓練してないからいつまでたっても出来るようにならない。本当は後者のほうがライティングの勉強としては重要なんだよ。例文暗記なんかするより。例文暗記なんて苦痛まみれの勉強なんかしなくてもいくらでも楽にライティング力つける方法あるのに何故か誰もが例文暗記に走るよね。まあ1年後の英作文の試験のためなら例文暗記せざるを得ないと思うが、10年20年使えるライティング力付けようと思ってるなら、例文暗記はほんと苦痛が多くて益が少ない勉強方法だと思うよ。むしろ無理に暗記しようとすると英語の感性の習得にとって逆効果になる可能性さえある。

 

 

 

 

以上の説明で「やり繰りする能力」の重要性が理解できたと思うが、

次は具体的に実践でどうやって「やり繰り」するのか説明していきたい。

 

キーワードは「割り切ること」。

 

つまり自分が言いたいことさえ相手に伝わればそれでコミュニケーションが成立するんだから、「割り切ること」が重要なんだよ。

 

 

例えば
「私は彼を軽蔑する」
ということを言いたいとする時、
この軽蔑するって単語を知らなかったら英語書けないって思うでしょ?

 

 

実は書けるんだよ。

I hate him.

 

 

こう書けばいいだけ。

 


いや、hateは嫌うだからこれ間違ってると思うよね。「軽蔑する」と「嫌う」とは意味が違うんだから。
確かに日本語を英語に翻訳する場合は間違ってるよ。英作文の試験でも確実に減点されるだろう。

でも
「私は彼を軽蔑する」でも「私は彼を嫌う」でも私が言いたいことは相手に伝わるよね。

 

 

 

例えば私が次のA、Bを言ったとする。

A:「彼、図書館の本盗んだらしいよ。ほんと軽蔑するわー。見損なったよ」

B:「彼、図書館の本盗んだらしいよ。彼のこと嫌いになったわー。見損なったよ」

 


この場合、2つの文には大差無いよね。

「軽蔑するわー」使おうが、「嫌いになったわー」って言おうが

どちらでも私の「言いたいこと」は相手に伝わるよね。

この場合、軽蔑するに大した意味は無いんだし、いくらでも

他の言葉で代用できる。

 


つまり

I look down on him.
って言わなくても
I hate him.
でいいんだよ。

 

 

 

これで私が言いたいことが相手に伝わって会話が成立するんだからこれでいいんだよ。
この「割り切り」が実際に英語を使うときに非常に重要なんだ。
日本語の「軽蔑する」という言葉に囚われてるから、英語書けなくなってしまうんだよ。
いちいち辞書調べるのも面倒だよね。
チャットする時、日本語レベルでパッパッって書きたいよね。

 

 

だからこちらの意図さえ相手に伝われば良いと割り切って、I hate him.でいいんだよ。
英語書き慣れてない人ほどこの割り切りが出来なくて、日本語に囚われてしまってボロボロな英文書いてしまうんだ。

もちろん「軽蔑する」って英単語知ってるならそれ使ってもいいよ。それがベストだけど、知らなくてもいくらでもこちらの意図を相手に伝えることが出来るんだよ。

 

 

 

これが英語書くときのコツ。
まあ英作文の試験では間違いなく減点されるだろうね。だからあんな試験とかホントは受けないほうが良いと思うんだよね。ライティング上達の逆効果になるから。別に日本語→英語の翻訳家になるわけでもあるまいし、こっちの意図が相手に伝われば良いんだからこれで良いんだよ。

 

 

まだ良くないって思ってる?

 

 

そういう人はもう一度、自分は何のために英語を書いてるのか考えてみてほしい。
自分が「言いたいこと」を相手に伝えるために英語を書いてるんだよね?
決して思いついた日本語を英語に翻訳するために英語を書いてるわけじゃないはずなんだよ。

英語書くのに慣れてない人ほど元の日本語に囚われてしまって泥沼に入り込んでしまうんだ。
そして出来上がった英文は日本語に影響された不自然な英文の出来上がり。
英語書き慣れてない人ほど難解な単語使ったり、複雑な言い回しをしてしまうのは、この割り切りが出来なくて、元の日本語に囚われてるから。元の日本語で難解な言い方してるからと言って、それに対応する英語を辞書で探してきて使うからネイティブが使う英語から遠ざかってしまう。

 

 

とにかく「割り切る」ことが大切なんだよ。
実践で使える英語というのはこういう英語。
自分が知ってる英語で「やり繰り」して、自分の言いたいことが相手に伝わればそれでコミュニケーションは成立するんだから。

 

 

 

zisakuzienita.hatenablog.com

zisakuzienita.hatenablog.com

 

 

Google翻訳の精度が向上してるのに英語の勉強する価値あるの?


f:id:zisakuzienita:20200528025210j:image

10年ほど前のGoogle翻訳はほんとひどい出来で、天下のGoogleともあろうものがこの程度の翻訳精度で恥ずかしくないのかと思っていたが、最近のGoogle翻訳は精度向上して実用レベルに達してきた。英語のライティングも入力する日本語を工夫したらかなり良くできた英文が出力されるようになってる。

こういう時代にわざわざ苦労して英語勉強する意味あるのかっていう疑問が湧いてくるよね。

 

 

個人的に使った範囲ではニュースサイトとかの翻訳ではかなり使えるというか、すでに日常的に使ってる。もちろん辞書使えば自分で翻訳して読めるんだがそこまでして読みたいとは思わないんだよ。辞書で調べるの面倒だし。結局英語も日本語レベルで使えるようにならないと使おうと思わないよね。英語の勉強のためという理由付けでもしないと翻訳ソフトに頼ってしまう。

 

 

 

一方私が毎日使ってるツイッターではまだ全然駄目だね。ニュースサイトとかで使われてる文法規則に忠実なきちんとした英文なら高い精度で訳してくれるけど、ツイッターでネイティブが日常的に書いてる会話文だと、主語省略は当たり前だし、とにかく適当に書き殴ってる英文が多いのでGoogle翻訳かけても意味取れないこと多いね。しかもツイッターアプリだと1ツイート毎に翻訳しないといけないので、いちいち翻訳するの面倒で使ってられない。

 

それにネイティブが日常的に書いてる会話文は使われてる単語が限られてるので辞書あんまり使わないでも十分読めるしね。日本語でもニュースサイトとかで使われてる日本語は難しい単語多いけど、会話では簡単な単語の組み合わせで話してること多い。それと一緒。

 

 

またこれは個人的に思うことだがツイッターなどに書かれてる会話文を翻訳ソフトにかけて読んでもあまり面白くないというか、翻訳ソフトを通すと書き手の感情を消し去ってしまう感じがする。ニュースサイトとかならただ事実を伝えるだけだから別に気にならないんだが、会話文を翻訳ソフトにかけると相手の気持ちが伝わってこないので読んでても面白くないんだよ。この辺はいくら翻訳ソフト進化しても書き手の感情まで翻訳するのは難しいと思う。

この事を分かりやすくするために日本語の会話文を英語に翻訳する場合を考えてみると、

 

 

例えば

「拙者は今日学校に行ってきたでござる」

 

という文章を日本人がツイートしたとする。

 

これをGoogle翻訳にかけたら

 

"I went to school today."

 

この英文が出力された。

この英訳は完璧だよ。

これ以上の翻訳は英語である以上出来ない。

でもこの英文は

 

「拙者」「ござる」

 

という日本語に含まれてたニュアンスがきれいさっぱり消え去ってしまってるんだよ。この文章を書いた日本人は「拙者」とか「ござる」という言葉をわざわざ使った意図があるはずなんだ。そういう書き手の意図は当然Google翻訳側は読み取れずに、「今日学校に行ってきた」という日本語と同じ英文を出力せざるを得ないんだよ。

 

でも日本人なら

 

「拙者は今日学校に行ってきたでござる」

 

 

「今日学校に行ってきた」

 

という2つの日本文の違いを感じ取れるよね。

日本語を長年勉強してる外国人もこの違いを感じ取れる人もいると思う。でもGoogle翻訳にかけたらこの2つの文章は同じものとして扱われてしまうんだよ。

 

私がさっき会話文をGoogle翻訳にかけて読んでも面白くないといったのはこういう理由なんだ。

 

 

 

 

これが翻訳ソフトの限界だろう。今後いくら翻訳ソフトが進化しようとも、「拙者」や「ござる」の日本語の持つニュアンスを英語に翻訳することは英語である以上不可能だし、その逆も不可能。

そもそも翻訳ソフトにかけて抜け殻になった面白くないツイートを読もうと思わないよね。だったら普通に日本人のツイート読んでる方が面白いし。

 

 

 

結局翻訳ソフトがこれだけ進化しても英語でツイートして外国人と交流したいという日本人が一向に増えないのもこの点にあると思うんだよ。Google翻訳使えば多少ぎこちなくても外国人と十分話せるのにやろうとする人があまり出てこない。少なくとも日常的にGoogle翻訳使って話したいと思う人は多くないだろう。一方英語得意な日本人なら英語でツイッターして外国人と話してみたいと思うよね。

 

 

 

このようにコミュニケーションというのは感情のやり取りを多分に含むのであって、その感情を消し去ってしまう翻訳ソフトを使ってまで外国人と話したいとは思わない人が多いんだよ。ただ情報のやり取りするだけならGoogle翻訳は十分実用的だけど、会話というのはそれだけじゃないからね。

 

 

 

 

日本人「日本語は世界で一番難しい言語」⬅ただの妄想だから


f:id:zisakuzienita:20200527145933j:image

 

海外のアニメとかゲームコミュニティ、特にアニメファンの間では日本語出来る奴が一目置かれてて結構日本語勉強しようとする人が多いんだよね。

 

日本のアニメ好きになる→日本語に興味持つ

 

という流れで。

私自身はもうアニメ全く見てないし、アニメを利用して日本文化を広めるとかどうでもいいんだが

確かにアニメを通して日本に興味持つ人が一定数いるのは事実なんだよ。

 

 

 

私は10年ぐらい英語でツイッターやってるんだが、今までで本当に日本語が上手い私のフォロワーは4人ほどいた。何人かはすでにアカウント消したりアンフォローしたりしてるんだが、正直言って信じられないほど日本語上手い。1人は日本語専攻しててこれは分かるんだが、他の3人は完全独学でほぼ完璧に日本語の読み書きが出来るレベル。

 

10年ほど前、初めて英語でツイッター始めた頃、あるカナダ人が日本語書いてたんだが、最初カナダに住んでる日本人だと思ってた。あまりにも日本語上手いから。それで彼のツイートログ精査してたんだが、たまに日本人ならまずしない日本語のミスしてたんだよね。これで彼は日本人じゃないと確信出来たんだけど、ほんとそんなレベルの日本語書いてるんだよ。上の4人は。

 

これは私にとって結構衝撃的で日本語は世界でも有数な習得難易度が高い言語だと思ってたが、あまりにも完璧な日本語書いてるから実は日本語はそんなに難しくないのではないかと思うようになった。

 

確かに漢字の習得は大変なのは事実らしい。でも大変なんだけど習得できないレベルでも無いっぽいんだよね。日本人が考えてるほどでもない感じがする。

 

日本語の文法に関してはそんなに難しくないという意見が多いね。以前日本語学習者向けの日本語の文法説明読んでみたんだがほんと上手く出来てるなって思ったね。こうやって日本語書いてるんだ、凄いってなるよ。日本人が何気なく書いてる文章を徹底的に規則化してパターンに当てはめて書いてるから。

 

あと発音だけど、これは日本語は世界で一番と言って良いぐらい簡単。音数が少ないから。日本人が英語聞き取れない最大の理由がこれ。日本人が英語の映画見てても何言ってるのか分からないけど、彼らが日本語のアニメ見てても結構日本語聞き取ってるみたいなんだよね。「このアニメのこの部分の翻訳はおかしい。実際はこう言ってる」とかよくツイートしてるから。

 

もちろん日本語難しいと言ってる人もいるよ。何が勉強しようとする意欲をなくさせるのか聞いたらやっぱり漢字らしい。そういう意味では漢字という障害がない中国人にとっては日本語は相当簡単な部類の言語なんじゃないだろうか。もちろん実際に勉強する上でいろんな苦労はあるだろうが、アマゾンのサポートでも中国人がリアルタイムで日本人とチャットしてるしそれほど難易度が高いとは思えないね。

 

ちなみに私のフォロワーに高校生ぐらいの中国人がいた。もう7年ほど前になるけどよく私に話しかけてた。恐らく英語でツイートしてる日本人が珍しかったんだろう。私がアニメの感想ツイートしたらよくそのアニメについて語りかけてきた。

その彼と会話する上で使ってる言葉はもちろん英語ね。中国人と英語で会話するのってなんか変な感じがするけど、結局英語使わないと非ネイティブ同士もコミュニケーション取れないんだよね。現実的には。

 

 

外国人が日本語勉強しようと思ったらテキストはほぼ英語で書かれたものしか無いんだよね。だから多くは英語を通して日本語勉強してる。あるフォロワー人とか英語もほぼネイティブレベルでその上日本語もほぼ完璧に書いてるからね。日本語で書かれたラノベも日常的に読んでるし。これ全部独学だよ?本人が日本語の文法書買って読んで勉強したと言ってたし。それで5,6年ぐらいでこのレベルに達してるんだよ。日本語検定試験も最高難易度のN1合格したとかいってたし。

信じられないでしょ?

 

もちろん彼らが特別だという考え方もできるが、それと同時に日本語の習得は日本人が思ってるほど難しくないのではないだろうか。アメリカ人がスペイン語習得するよりは遥かに難しいだろうが、習得不可能ってほどでもないっぽい。

 

上の4人に共通してるのはアニメを通して日本に興味持ってた事なんだよね。興味があるから日本語勉強しようと気になれるし継続できる。結局言語習得にとってこれが最も大事なんじゃないかな。

 

 

リーディングとライティングは車の両輪


f:id:zisakuzienita:20200527010826j:image

私の正直な意見としては日常会話程度も満足に書けない人が本当に「英語」を読めてるのかなって疑問に思ってる。あまり偉そうなこと言えないけど、ある程度英語書けるようになって詳細な文法知識とか英語の感覚とか身に付いてくると、ネイティブに近い英語の感覚身に着けないと、実際は「英語」を読めないよねって思うようになった。

 

例えば

This is a pen.

 

こんな単純な英文でも、英文ある程度書けないと、この"a"の感覚身につけるの不可能に近いからこの英文が本当に意味するところ読み取れないよね。

つまりここでaを付けてるということはこれと同じようなペンが世の中に数多くあってその内の一つだということを暗示してるわけ。この"a"はただの「1つ」という意味じゃないし、

可算名詞にはaを付けるというルールに従って付けてるわけじゃない。

ネイティブはこのaを付けることで日本語には翻訳できない意味を付けてる。

こういったネイティブのaの感覚を身に着けないで英文読んでても本当にそれって「英語」を読めてると言えるのか。

 

This is a pen.を

 

「これはペンです」

 

と日本語に翻訳した瞬間、This is a pen.が持ってた"a pen"の感覚を

全て切り捨てることになる。

よく言われてる英文を日本語に翻訳しないで英語のママ理解するというのは、そうしないと「英語」読めないからそうせざるを得ないからとも言えるよね。

This is a pen.をこれはペンですって翻訳するとその英文が持ってる日本語に翻訳できない部分が消え去ってしまうから英語のママ理解せざるをえない。

 

一応言っておくがこの辺の感覚は文法書読むだけでは身につかないからね。最近の文法書には"a"のイメージとか言ってイラスト付きで説明してるけど、あれはすでに"a"の感覚を身に着けてる人が、自分の感覚を何とか人に伝えるためにやってるだけであって読むだけで身につくわけないんだよ。読んだ後、自分で英語大量に書くとかして経験積まないとまず無理。簡単そうに書いてるけどそれを身につけるのは簡単じゃないよ。

 

 

実際学校で習う程度の文法だとリーディングでも足りないよね。本当に「英語」読もうと思ってるなら。

だからよくリーディングうまくなりたいからと言ってひたすら本とか読んでる人いるけど、そういった不十分な文法知識のまま大量の英文読んでても、ライティングで身につくような英語の感覚身につくのかなって思うね。ライティングの練習もしてある程度英語書けないとリーディング力も頭打ちになるんじゃないかなあって思うよ。

 

 

特にツイッターとかで書かれてる口語文読むときは結構この辺の深いネイティブレベルの英語の感覚持ってないと読めないこと多いんだよ。withとかinとかほんの1つの前置詞が大きな意味を持ってて、その感覚読み取れないと意味が取れないってこと良くある。

 

 

 

例えばこの英文

 

This anime doesn't have the right to be even half as good as it is. But at best it has been brilliant. 

 

この英文は実際に私のフォロワーのイギリス人が書いてたんだけど普通意味読み取れないよね。

この文章難しい単語一つもないのに何言ってるのかさっぱりわからない。

 

 

 

この文章の意味は

「このアニメ全く期待してなかったけど素晴らしかったわ」になる。

この英文が意味取れない最大の理由は"as it is"の部分でここが何を意味してるのか読めないと意味が取れない。

 

 

 

これから説明することはちょっと難しいので意味わからない人は飛ばしてもいいけど、この部分を解説すると、このas it isは

 

He copied my tweet and is using it as it is.

 

このas it isと同じ構成なんだよ。

これ意味取れる?

意味は

「彼は私のツイートをコピーしてそのまま使ってる」

 

っていう意味。

itはmy tweetを指してる。

asは「ーのままで」っていう意味。

isは現在の状態だよね。

つまりこの部分は

 

「私のツイートが現在の状態のままで」

 

って言うことを意味して、

それを分かりやすく言い直すと

「そのままの状態で」とか「そのまま」

って言うふうにいえる。

これで意味取れるよね。

 

 

 

このやり方を

 

This anime doesn't have the right to be even half as good as it is. But at best it has been brilliant. 

 

この英文に当てはめて解釈すると、

as it is のitはthis animeを指してる。

つまりas it isは

「このアニメが現在の状態のままで」

って訳せる。

 

全文訳してみると

「このアニメは現在の状態のままの半分良いという権利さえ持っていない。しかしよく言ってもそのアニメは素晴らしかった」

 

になる。

まだ何言ってるのか分からないよね。

特にこの部分

 

「現在の状態のままの半分良い」

 

このアニメの現在の状態とは何を意味してるのかというと、

 

 

"it has been brilliant."

 

この部分を指してる。

つまり

「このアニメの現在の状態」とは

「このアニメは実際は素晴らしい」と言うことを意味してる。

ここが難しい部分でまさか後ろの文章を指してるなんて

普通思わないよね。指してるというか後ろの英文読まないと意味が分からないという。だからこの英文は2つでセットであって、前の英文だけだと意味をなさないんだよ。でもネイティブはこれ普通に理解するからね。

 

 

よって

「このアニメが現在の状態のままの半分良い」

 

とは何と比べて、半分良いのかというと

 

「このアニメ本来の素晴らしさ」と比べて半分良いと言ってる。

つまり全文訳して見ると

 

「このアニメはこのアニメ本来の素晴しさの半分良いという権利さえ持ってない」

 

こうなる。

さらにわかりやすく言い直すと

 

「このアニメには全く期待していなかった」になる。

 

 

「このアニメはこのアニメ本来の素晴しさの半分良いという権利さえ持ってない」

「このアニメには全く期待していなかった」

 

この上の文章から下の意味を読み取ることがネイティブが書く英文、特に口語文を読む上で重要になる。こういう遠回しの言い方結構するから。

 

これで意味取れるようになった。

はっきり言って非常に分かりにくい文章だがネイティブは普通にこの英文理解するから。上の読み方も複数のネイティブに聞いてやっと理解できたし。こういう英文を見た瞬間理解するのがネイティブなんだよ。文法書で文法覚えた程度ではネイティブの足元にも及ばないの実感できるよね。実際日本人は文法力でもネイティブに全然叶わないんだよ。これだけの文法力に開きがあると同じ英文読んでもネイティブより遥かに理解力劣ってしまうの分かるよね。読解力とか文脈とかで補って何とか読めてる気になってるだけであってネイティブレベルに意味取れてるとはとても思えない。

 

 

じゃあどうしたらネイティブとの文法力の差を埋めれるのかというと、実際に英語書いてネイティブとチャットしたり、自分の書いた英文をネイティブチェックかけたりして、ネイティブから直接英語の感覚吸収するしかないよね。つまり読むための文法身につけるためにも英語書く練習する必要あるということ。実際このレベルの文法は読んでるだけではなかなか身につかんよ。どこが分からないのかも気づけないんだし。自分で英語書くからこそ細かい文法ルールがある事も気づけるしネイティブの凄さも実感できる。つまりリーディングとライティングは車の両輪のようなものでどちらも並行して身に着けないといずれ頭打ちになってそれ以上伸びない可能性があるということ。これは私が個人的に実感してるだけでもちろん間違ってる可能性もあるけど、それなりに理屈通ってるよね。

 

 

 

 

英語を書くには読むより桁違いの文法知識が要求される


f:id:zisakuzienita:20200526193608j:image

 

最近PS4サムライスピリッツっていう格闘ゲーム買ったんだけどよく出来てるよね。初代の正当後継って感じ。

ところでこのサムスピにはナコルルって人気キャラがいるんだけど(写真右のキャラクター)、そのナコルルは試合に勝った後、「大自然のお仕置きです」って言うんだよ。上のような勝利ポーズ取りながら。

この「大自然のお仕置きです」って英語にしたらどういうんだろってちょっと頭に浮かんで、

翻訳したのがこの英文。

 

It is a punishment from the nature.

 

取り敢えずネイティブチェックかけて、総合的に判断して、このシーンでのナコルルのセリフとして相応しいだろうと思われる英文はこれ。

 

That is a punishment from nature.

 

そして英語圏のファンサイトで翻訳されてた英文がこれ。

 

This is nature's punishment.

 

翻訳の仕方は人それぞれでどれが正解かは言えないけど、

私の英文も結構いい線ついてたよね。

大まかな構成は当たってたし。

 

 

この英文書く上でどこが迷ったのかと言うと、

 

1,ThatとItどっち使うべきか

2,punishmentにa付けるべきか

3,fromとbyどっち使うべきか

4,natureにtheを付けるべきか

 

自分が上の英文書く上ではこの4点がちょっと迷ったね。

どっちにしよって感じで。

 

 

 

 

 

まず最初のThatとItの違いなんだけど、英文自体はどっち使っても正解。

ただこのシーンでどっち使うほうがいいのかと言うとThatの方。

というのはナコルルはこの試合で相手を倒して、その後に「大自然のお仕置きです」って言ってるんだよ。倒れた相手が目の前にいる状態で言ってる。この場合はThat使うほうがいいんだ。

目の前ですでにお仕置きが行われてて、その結果相手が倒れてるのを見て、「それ」と言ってるわけだから

Thatを使うのが適切。

じゃあ

 

It is a punishment from nature.

 

っていう英文はどういった時に使えば良いのかというと、

例えば人を騙してばかりの詐欺師がいたとする。その人がカミナリに打たれて死んだのを人から聞いたときの発言としてはItの方が適切なんだよ。その人が実際にカミナリに打たれて死んだとこ見たわけじゃないから。

もしその人が自分の目の前でカミナリに打たれて目の前で倒れてるのを見てるならThat使うほうがいいけど、この場合人づてに話聞いてるだけだからね。だからItが正解。

纏めると目の前で実際にそのシーンが起こっててそれって指させる場合はThatを使うの検討すべきだね。

 

 

 

もう一つ例を上げたら

 

"The Switch is the most awesome gaming device that Nintendo has ever made."

 

こういう英文への返答として

 

A:"I agree with that."

 

B:"I agree with it."

 

の2つのパターンが考えられるがこの場合Aが正解。

このthatは上の英文全体を指しててそれに同意してる。

Bの英文は正確に言えば間違い。

ただこの文脈でIt使ってネイティブに通じるのかと言われたら100%通じる。

だから実際に使う時はそれほど気にしなくていい。

個人的な経験上、That使うべき文脈でIt使って通じなかったことなんて一度もないから。

 

 

 

 

 

次のpunishmentにaを付けるべきかというと付けても付けなくてもどっちでもいい。

両方正解。

ただ両方正解ってどういう事なんだよって普通思うよね。

それで

 

A: "That is punishment from nature."
B: "That is a punishment from nature."

 

どう違うのかネイティブに聞いてみた。

 

【ネイティブA】 “That is punishment from nature” sounds better to me. Adding the “a” sounds a bit weird since “that’s punishment from nature” can be used to describe multiple punishments and a singular punishment. Both mean basically the same thing

 

 

【ネイティブB】 you could maybe use B to emphasize that one particular punishment, whereas A could refer to a whole experience being punishment.
for example: i spilled coffee on my shirt today! that is a punishment from nature.

today i missed the bus, spilled coffee on my shirt, and had an argument with my boss! this is punishment from nature.

 

つまりどういうことかというとThatを指し示すものが単数で一つの罰だということを強調したいならaを付ける。そのThatを指すものが多くの罰を含んだ1つの経験を指すならaを付けないということ。

 

例えばある村で今年地震火事水害凶作と立て続けに災難が起こったとする。それは自然の罰だと言いたいなら、それを指し示すのは個々の災難じゃなくて村で今年起こった災難ひっくるめてるのでaを付けないということ。

 

このゲームの話題に戻ると、このシーンでのナコルルの発言ではThatが指してるのは「あなたが倒されていること」なので、これは1つの罰だから1つの罰ということを強調したいならaを付けてもいいし、別に付けなくてもいい。どっちでもいいということ。

 

 

 

 

 

 

次のfromかbyで迷ったというのは、結論から言えばこの場合どっち使っても正解。

of使っても正解。

ただ個人的には他の選択肢があるならあまりbyやofは使いたくないというか、経験上日本語の感覚に釣られてbyとかof使うと間違ってること結構あるんだよね。

それでfrom使っただけで別にbyやof使ってもいい。

 

byの話題が出たのでついでに言うと、

学校で受動態作る練習したことあるでしょう。

 

He bought the book.

 

を受動態にしなさいって問題で、

 

The book was bought by him.

 

って英文書くやつね。

実は

 

The book was bought by him.

 

こういう英文は不自然でネイティブはまずこんな英文書かないんだよ。

ここで誤解しないで貰いたいのは受動態自体はネイティブはよく使うということ。

ここは間違わないでね。

どうもこの件を誤解してネイティブは受動態自体あまり使わないと思ってる人がいるみたいだけど実際はネイティブは受動態良く使う。

ただ受動態の後に"by him"なんてネイティブはあまり付けないんだよ。

その理由として以下に述べることは個人的に思ってるだけであって話半分に聞いてほしいんだけど、

 

 The book was bought

 

って感じにBookを文頭に持ってきて受動態作るということは

「その本は買われた」と言うことを強調したいわけよ。

誰に買われたかなんてどうでもいい、とにかく誰かに買われて

 

The book was already bought and is sold out at the bookstore right now.

 

その結果売り切れてるっていうことを言いたいわけ。

誰が買ったかなんてどうでもいいよね、この場合。

受動態使うならこういう文脈で使うべきであって、

 

The book was bought by him.

 

って感じでby him つけて彼によって買われたことを強調すると、わざわざbookを文頭に持ってくる意味が無いんだよ。この英文だとせっかくbook前に持ってきて受動態にしてbookが買われたことを強調しようとしてるのに、あとでby himつけてるから強調部分がby himに移ってしまって受動態にした意味が無くなるんだ。彼によって買われたことを強調したいならhimを文頭に持っていって

 

He bought the book.

 

って普通に彼がその本買ったって言い方のほうが自然なんだよ。

わざわざ受動態にする必要ない。

 

だからネイティブは

 

The book was bought by him.

 

なんて言い方あまりしないんだけど、既に上で述べたようにこの部分を間違って解釈してネイティブは受動態自体あまり使わないと思ってる人がいるみたいなんだよ。

それは間違いだから。

ネイティブは受動態自体は良く使う。

ただ日本の学校で習う受動態の書き換え問題のような英文は書かないということ。

ここ間違わないでね。

 

 

 

後、ofについてなんだけど日本語の感覚に引きずられるとof多用しがちなんだよ。

例えば「私は学校行事のメールを受け取った」っていう文章を英訳する場合、

 

A:"I received an email about a school event"

B:"I received an email for a school event"

C:"I received an email of a school event"

 

 

こういう書き方が思い付くけど、AとBは自然な英文だけど

Cはちょっと不自然だね。こういう言い方はネイティブはまずしない。

でも日本語の感覚では「学校行事のメール」の「の」をofにしてしまいがちだよね。

 

ここから先の説明は私の勝手な想像なので話半分に聞いてほしいんだけど、

A,Bの英文とCの英文だとちょっと意味が違ってくるね。

AとBは一般的な数多くあるメールのその内の一つが学校行事に関するメールだといってる。

でもCの英文だとただのありふれたメールじゃなくて「学校行事のメール」の1つを受け取ったって読み取れる。

 

つまり学校行事のメールは他にもあってその内の1つを受け取ったってニュアンスが出てくる。

今言ってることネイティブに聞いたわけじゃなくて私が想像で話してるだけだから間違ってる可能性あるけどCの英文はAとBの英文とはちょっとニュアンス変わってくるね。

 

 

 

 

 

 

 

最後にnatureにthe付けた理由だけど、このキャラは自然の中で生きてて、だから彼女にとっては自然とは概念上のものじゃなくて本当にありふれた日常的なもの。

その彼女が大自然のお仕置きですって言ってるわけだから、the natureって感じでtheつけてその自然を自分がいつも触れてる自然に特定して言ったほうがいいんじゃないかなって思ってtheつけた。

 

 

 

 

 

 

以上色々説明して来たけど、ここで私が言いたい事は

 

That is a punishment from nature.

 

こんな短い英文読むだけならすごく簡単なのに、じゃあ実際に自分で英文書くとなるとこれだけ多くの文法知識が必要になってくるということなんだ。自然な英文を書こうと思ったらリーディングとは文字通り桁違いの文法知識が要求される。

文法書読むだけでは英語書くのに全くの不十分だという理由分かるよね。ロイヤル英文法とかあんな辞書みたいな文法書でも全然足りないんだよ。正しい英文書くには。

簡単そうに見える英文でも自分で書くとなるとなかなか書けないというのはこのためなんだよ。